メル・チンが語るアーティストの哲学

第12回ヒロシマ賞を受賞したメル・チン

「ヒロシマ賞」は、広島市が1989年に創設した、美術を通して世界の恒久平和を願う国際的な芸術賞。

過去のヒロシマ賞受賞者

第1回からの受賞者は左表のように、平和・人権・社会正義など人類社会に重要なメッセージを美術を通じて発信してきた現代美術家・建築家が名を連ねている。2024年に決定した第12回のヒロシマ賞は、アメリカの現代美術家メル・チン氏が受賞した。アート&ソサイエティ研究センターと環境雑誌BIOCITYは、この夏、広島市現代美術館での記念展に合わせて来日したチン氏を東京に招き、7月30日(木)に新宿のコクーンホールにて、「気候危機とエンパシー」と題する講演会を開催した。

講演会の広報資料としてメル・チンの紹介文を書いているとき、これほど簡潔に説明するのが難しいアーティストは他にいないのではないかと思った。鋭い社会批評をモノに込めて作品化するコンセプチュアル・アーティストであり、環境汚染や気候危機に向き合うエコロジカル・アーティストであり、コミュニティを巻き込んで変革の可能性を引き出すSEAアーティストであり、しかもその表現方法は、ドローイング、ペインティング、コラージュ、彫刻、ビデオ、インスタレーションからサイト・スペシフィック・ワーク、ランド・アートまで、およそ美術家が考えつくすべての手法を使いこなしているようだ。「作風」などというものはない。現代美術に造詣の深い人でも、チンを一つの顔のみで理解しているかもしれない。たとえば、環境問題に関心が深い人は「リバイバル・フィールド」で、SEAに関心のある人は「オペレーション・ペイダート/ファンドレッド・ドル札プロジェクト」で、タクティカル・メディアに関心があれば「イン・ザ・ネーム・オブ・プレイス」で、というように。彼のいくつもの顔を知らずに講演を聞いた人は、一見不連続なスライドが次々に映し出されるのに面食らったかもしれない。

ちなみに私は「リバイバル・フィールド」でメル・チンの名を初めて知った。彼の名を一躍有名にしたこのプロジェクトについて、彼は本講演で、その経緯と意図を時間をかけて説明してくれた。

『Whole Earth Review』1989年秋号から「リバイバル・フィールド」のヒントを得た

米国ミネソタ州セントポールの廃棄物処理場での「リバイバル・フィールド」実験(1991)

1989年、チンはワシントンDCのハーシュホーン美術館での大きな個展を終え、次に何をするかに迷いつつ、アートから距離をとっていた。そのときたまたま読んだ『ホール・アース・レビュー』誌で、ある種の植物が重金属で汚染された土壌を浄化できる可能性を知った。「リバイバル・フィールド」のアイディアが浮かんだ。ここで彼は会場のオーディエンスに、映画『卒業』(1967)を見たことがあるかと尋ねる。この映画の彼のお気に入り場面は、一人の男がダスティン・ホフマンに「プラスチックだ、プラスチックこそが未来だ!」と提言するところ。当時チンはこの男のように「植物だ。未来は植物にある!」と叫んでいたという。『卒業』にそんなシーンがあったかを確認したくなり、アマゾン・プライムビデオで見てみると、冒頭の卒業パーティのシーンで、ミスター・マクガイアが、進路に迷っているベンジャミンに「プラスチックには大きな未来がある!」と自信満々にアドバイスしていた。

「リバイバル・フィールド」の企画書

そしてチンは、ハイパーアキュムレーター(超集積植物)を研究する農学者に協働を持ちかけ、(植物の持つ)ポエトリーを(科学を用いた)プラグマティズムに結び付ける計画を進めた。問題は、その資金調達だ。これは彫刻作品だとして、NEA(全米芸術基金)に助成金を申請したところ、ピア・レビューと芸術評議会の審査を通過したにもかかわらず、組織のチェア(当時はジョン・フロンマイヤー)が「これは芸術ではなく科学だ」と拒否権を発動した。しかし、メルたちはアートと科学の両陣営の共感を集めて、NEAチェアに再考を迫り、決定を覆すことができた。こうして実現した「リバイバル・フィールド」は、科学の可能性をアートが社会に示す協働プロジェクトの先例となり、現在でも歴史的参照モデルとして評価されている。

また、講演の後半では、チンの友人で医師・医療人類学者のポール・ファーマー、思想家・エッセイストのエレイン・スカリー、そしてソクラテスの名言が紹介され、彼の創作活動を突き動かす考え方を知ることができた。

ポール・ファーマーの「私は“長い敗北(long defeat)”と戦い、他の人々もその戦いに加わるよう導いてきた。私たちは負け続けている。だからといって、ここで立ち止まるつもりはない」という言葉は、人間性の痕跡を他者が発見するために残そうとする創造的行為を、抵抗に遭いながらも続けるチンを励ます力になっているようだ。

『The Body in Pain』の著書で知られるエレイン・スカリーは、次のように説く―身体的苦痛は言語を破壊する。喜びや悲しみは比喩や物語で説明することができるが、身体的苦痛はそれができず、極限においては、人は言葉を失い、うめき声や叫びしか発せなくなる。つまり、痛みは、人間が世界と関わるための最も基本的な能力である言語そのものを崩壊させる。それは世界の解体である。そして、拷問と戦争は「痛みを政治権力へ変換する装置」となる。一方、芸術を含む創造行為は、痛みが世界を解体する状況に対抗し、世界を再構築する力となる。この考え方は、芸術創作の重要性に理論的根拠を与えてくれる。

チンは、気候変動と戦争に関する数十年の仕事が目に見える改善を生み出していないことに落胆し、ヒロシマ賞を受賞する直前、芸術制作を完全にやめようと思っていた。受賞の知らせは「Oh, no!」だった―やめるのは間違っている。これは、私にはまだやるべき仕事があるというインビテーションだ。ソクラテスが「吟味されない人生は生きるに値しない(the unexamined life is not worth living)」と言ったように、チンはまず自分自身を省察し、人生を吟味するためのツールとして芸術を続けようと決意した。

『はだしのゲン』の作者・中沢啓治氏へのオマージュとして制作した彫刻作品《招待》を語るメル・チン

《招待》を挟んで、メル・チンと故中沢啓治さんの妻ミサヨさん

それは、今回の展覧会のための新作《招待(The Invitation)》につながっている。ヒロシマ賞受賞の知らせを受けて、チンは広島を訪れ、『はだしのゲン』と出会い、作者の中沢啓治氏へのオマージュとしてこの作品を制作した。原子爆弾(コードネーム:リトルボーイ)と戦いの開始を告げる陣太鼓のイメージを重ね合わせた、高さ1.5mの陶製オブジェの上に、1.1mの少年像(中沢氏の少年時代の写真を元に製作)が立っている。少年は、陣太鼓を打たせないよう、はだしでふんばり、両手を開いて「みなさんも一緒に戦いを止めましょう」と招いて(invite)いる。6歳で被爆した男の子(リトルボーイ)が、その後アーティストになり、作品をつくり続けたことを思うと、自分がやめる理由はないというチンの決意が、反戦のメッセージとともに込められている。


講演を聞いた後、メル・チンについてのインタビューや評論を検索した。その中で、ART PAPERSに掲載された、ヘザー・バード・ハリスによる「Tools for Carving Away:Mel Chin’s Revival Field and the Role of the Artist in Public Practice」は、アーティストとして、状況に応じてさまざまな役割を体現できるメル・チンのソフトスキルと適応力を、「リバイバル・フィールド」を事例に、Artist as Visionary(先見者としてのアーティスト)、Artist as Political Ecologist(政治生態学者としてのアーティスト)、Artist as Connector(つなぎ手としてのアーティスト)、Artist as Shapeshifter(変幻自在な存在としてのアーティスト)、Artist as Caretaker(世話人としてのアーティスト)という5つのキーワードで評しており、なるほど、と思わせられる。「リバイバル・フィールド」、そしてメル・チンのアプローチをより深く理解したい方に、一読をお勧めします。 

 

取材協力:広島市現代美術館 

2026.8.20 (秋葉美知子)