SEAラボブログ

エコポエトリーに特化したサイトEcopoetikon

2024年02月29日

昨年アート&ソサイエティ研究センターは、「気候アクションSUMIDA―川辺から、詩と映像によるメッセージ」と題するプロジェクトを主催し、ますます深刻になる気候変動の問題にクリエイティブなアプローチで取り組んだ。そのドキュメントは、特設サイトで紹介しているので、ぜひご覧いただきたいが、このプロジェクトのコアとして、気候変動、地球環境、川や水をテーマとする詩を公募したところ、幅広い地域・年齢層から多様な視点、多様な語り口で書かれた作品が寄せられ、「詩」という表現形式の豊かな可能性をあらためて感じることとなった。

Ecopoetikonホームページ

そんな中で、Ecopoetikonというエコポエトリーに特化したウェブサイトが、2023年9月に開設されたことを知った。英国で最もサスティナブルな大学と評価されているグロスターシャー大学を拠点とするチームによるプロジェクトだという。ここでのエコポエトリーは、絡み合う社会的危機と生態学的危機は同じ根を持っているという認識から、「エコロジーと社会を意識して書かれた詩」と定義され、その重要な役割は「エコロジー問題に対する意識を高め、自然界の美しさを明らかにし、生命の神聖さを称え、人間を超えた世界についての人々の認識を変える」ことだと述べている。

そして、地球に影響を及ぼす問題の多くは、本質的にグローバルなものであることから、グローバル・サウス、グローバル・ノース双方の詩人が平等に自らの表現を発表する場を目指しているという。

世界地図からエコ詩人を検索したり、テーマ(Oceans、Nature-connection、Pollution-waste、Un-natural-weather-disaster、Rivers-wetlands、Trees-forestsなど)からエコポエムを検索して読むことができることに加え、サブスクライブ登録をすれば、学校などで利用できる教育素材をダウンロードすることもできる。

2024.2.29(秋葉美知子)

パブリック・アート専門誌から形を変えたデジタル・マガジンFORWARD

2024年02月16日

非営利のアート組織FORECASTは、米国ミネソタ州セントポールを拠点に、公共の場で活動するアーティストを支援している。創立は1978年で、1989年から全米唯一のパブリック・アート専門誌『Public ArtReview 』を出版していた。この雑誌は私たちも長く購読していたが、2020年に廃刊となり、その後パブリック・アートにとどまらず、より広いSEAに関わるテーマを特集するデジタル・マガジンFORWARDに形を変えて、無料公開されている。

FORECASTウェブサイトより

最新の第6号は「気候」がテーマだ。気候変動に取り組むことは、環境問題にとどまらず、社会正義と人権の問題に取り組むことでもあり、それを知らしめるためにも、アーティストたちの役割が重要性を持つことをさまざまな事例を紹介しながら論じている。ケーススタディのページでは、「大気汚染」「猛暑」「洪水」「気候変動による住民の強制移住」の4つの問題について、アーティストたちが科学者、大学、政策立案者、コミュニティなどと共同で行った11のプロジェクトが豊富な写真とともに紹介されている。

その中で驚いたのは、米国のFEMA(フィーマ)にアートプログラムがあるということ! FEMAとは、洪水、ハリケーン、地震、原子力災害を含む大規模災害に際して、連邦機関、州政府、その他の地元機関の業務を調整する「アメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁」のことで、日本でも激甚災害が起きるたびに、類似した専門組織を創設すべきだという声が上がる。しかし、体制が整備されるとしても、その組織は、「アートを活用してエモーショナルに洪水のリスクを人々に伝え、災害の低減につなげよう」などという発想を持てるだろうか。

2024.2.16(秋葉美知子)

「詩」の力で、気候危機に向き合う意識を高め、アクションにつなげよう

2023年05月30日

アート&ソサイエティ研究センターでは「気候アクションSUMIDA~川辺から詩と映像のメッセージ」と題して、ますます深刻になっている気候変動をテーマに、官・民・学のコラボレーションでSEAプロジェクト展開している。
川に囲まれた東京都墨田区に拠点を設け、アート、サイエンス、建築、デザイン、ランドスケープ、まちづくりなど、分野横断で、気候アクションにつなげようという試みである。
そのコアとなる企画として、気候変動がもたらす危機を知り、川や水、地球環境について思いや考えを表現する詩(クライメート・ポエトリー)を広く一般公募している。

2014年の国連気候変動サミットで、マーシャル諸島の気候変動活動家で詩人でもあるキャシー・ジェトニル=キジナーさんが、生まれたばかりの自分の娘に宛てた詩を披露して絶賛され、詩は演説にも増して人の心に訴える力を持つことが示された。

気候変動、気候危機をテーマとした詩は海外にはどれほどあるだろうかとネット検索してみた。するとこのテーマについて書かれた詩を特集するサイトがいくつも見つかった。アメリカ詩人アカデミーのサイトpoets.orgには、「Poems about Climate Change」というページが設けられ、気候変動や関連するトピックについての詩が50編以上紹介されている(作者の解説付きの詩もある)。気になるタイトルの詩をChatGTPで和訳してみると、象徴的で難解な表現でも、書き手の世界観を共有することができる。

気候変動がもたらす危機は、将来の世代の子どもたちに重大な影響を与え、さらに低・中所得国の子どもたちがより大きな損失・損害を被ることが明らかになっている。子どもの支援を行う国際NGOセーブ・ザ・チルドレンが気候研究者の国際チームと共同で発表した、報告書『気候危機の中に生まれて』には、ザンビアの15歳の少女、ジャスティーナさんの詩が掲載されている。その中に、誰も否定できない、心に刺さる一節があった。
「私たち人間が問題を引き起こしたのであれば、同時に問題の解決者にもなれる。」

セーブ・ザ・チルドレンが、ブリュッセル自由大学を中心とした気候研究者の国際チームと共同で発表した報告書『気候危機の中に生まれて』

2023.5.30(秋葉美知子)

博物館法の改正で、日本の博物館は変わる?

2023年04月03日

関心のある人は少ないかもしれないが、博物館の設置や運営について規定している「博物館法」が約70年ぶりに改正され、4月1日に施行された。改正のポイントとして、自治体や財団法人等に限定されていた設置者要件を撤廃して、株式会社や学校法人、社会福祉法人などの施設も登録できるようになった(これまでは博物館相当施設、博物館類似施設という位置づけ)、法律の目的に「文化芸術基本法」の精神に基づくことが追加された(えっ、今ごろ?と思うが、これまで博物館は社会教育法のための施設だった)、博物館の事業に博物館資料のデジタル・アーカイブ化を追加、などがあげられているが、SEAにとって見逃せないのは、他の博物館との連携、地域の多様な主体との連携・協力による文化観光など地域の活力の向上への寄与が努力義務化されたことだ。博物館(歴史資料館、美術館、科学館、動物園、植物園、水族館などさまざまな形態がある)を観光振興に活用しようという意図が見える。しかし、これからの博物館に求められる役割は、観光資源となるだけではないことはもちろんだ。

世界のミュージアム・コミュニティでは、“ミュージアムの中立性”はもはや神話であり、不平等、不正義、地球環境の危機が深刻化するこの時代に、ミュージアムは、現実世界のさまざまな課題に深く関わり、社会的、政治的、文化的変革のための能動的エージェントへ変身すべきだという考え方が浸透してきている(『Museum Activism』より)。そして、その動きを促進、支援する仕組みも存在する。

英国のミュージアムと関係者の会員組織Museums Associationのウェブサイトを見るとそれがよくわかる。“Inspiring museums to change lives”をミッションとするこの組織は、いわゆる業界団体を超えて、ミュージアムが発信する価値観にもこだわり、英国のミュージアム全体に関わる課題をキャンペーンテーマとして、その課題に取り組む施設を支援する理論や資料、事例などを豊富に紹介している。現在9つのキャンペーン(アドボカシー、アンチ・レイシズム、収集品、ミュージアムの脱植民地化、エシックス、学習とエンゲイジメント、ミュージアムは人生を変える、気候正義のためのミュージアム、[ミュージアムの]労働力)が展開されているが、中でも気候危機、脱植民地化、アンチ・レイシズムが最近の中心テーマになっている。

Museums Associationsウェブサイト内「キャンペーン」のページより

たとえば「気候正義のためのミュージアム」のページには、ミュージアムにおける気候アクション(来場者の認識を高めるのにとどまらず、変化を支持したり、自ら変化することを含む)に役立つツールや知識、読むべき本のリストなどを集めたライブラリー“Climate resources bank”があり、ここはミュージアム関係者でなくとも有益な資料が満載だ。

気候アクションに役立つ資料満載のClimate resources bank
文化庁innovative MUSEUM事業の「地域課題対応支援事業」説明図(文化庁「令和4年度博物館法改正の背景」参考資料より)

Museums Associationのサイトには、ソーシャリー・エンゲイジドという言葉があちこちに出てくる。このことは、日本のミュージアムも当然意識しているだろうが、それを積極的に支援する体制になっているだろうか? 日本における同種の組織、日本博物館協会にはそういった活動は見られない。文化庁のInnovate MUSEUM事業の「地域課題対応支援」枠は、「これからの博物館に新たに求められる社会や地域における様々な課題(地域のまちづくりや産業活性化、社会包摂、人口減少・過疎化・高齢化、地球温暖化やSDGsなど)に対して、先進的な取組による解決を図る」博物館を支援する補助金で、ソーシャリー・エンゲイジド・ミュージアムの推進が狙いのように見える。しかし、英国のように具体的なテーマに即して積極的にリソース提供して行動を促すのではなく、あくまで待ちの姿勢。事業の立て付け自体にイノベーティブな発想がより必要ではないだろうか。

2023.4.3(秋葉美知子)

多様性と包摂をテーマとした野外展覧会が検閲を受け、開催を中止に

2023年03月09日

ダイバーシティ、エクィティ&インクルージョン(多様性、平等、包摂:略称DEI)の考え方は、米国では主流になっているだろうと思いがちだが、保守派の強い地方では決してそうではない。
プロジェクト紹介」のページで紹介した、フロリダ州サラソタを拠点に活動しているNPOエンブレイシング・アワ・ディファレンスは、毎年開催している野外展覧会を、今年度はベイフロント公園での展示終了後、2会場に巡回展示する予定だった。ところが、2023年4月26日から開催を予定していたフロリダ州立カレッジ・マナティ・サラソタ校(SCF)から、3点の作品を展示から外すよう求められた。その背景には、来年の大統領選挙に共和党から出馬が予想される反リベラルの保守派で中絶には反対の立場をとる、ロン・デサンティス、フロリダ州知事が、公立の大学にDEIと批判的人種理論に関するプログラムを設置させないという計画を発表したことがあった。

問題になった作品は、ボクシンググローブをはめた黒人少年を中央に、公民権運動の指導者ジョン・ルイス、BLM(Black Lives Matter)の文字などを配したコラージュ《Good Trouble》(Clifford McDonald作)、妊娠中の女性が男性グループに「私たちは自分の体について声を上げられないの? 」と尋ねる様子を描いた《Body & Voice》(Diego Dillon作)。そして、世界各地の仮面を大木の下に配した《Being Different Gives the World Color》(神戸在住のアーティスト、Taira Akiko Hiraguri作)は、この作品に添えられたメッセージに“Diversity and inclusion”という言葉が含まれている。

《Good Trouble》画面の左下にジョン・ルイスのモノクロ写真が配されている 
Photo courtesy of Embracing Our Differences
2023年の”Best in Show Quotation”に選ばれたメッセージ”It takes more courage to speak in a silent room than to become another voice in a crowd.”が添えられた《Body & Voice》 
Photo courtesy of Embracing Our Differences
《Being Different Gives the World Color》”Diversity and inclusion are like the needle and thread that stitch together the harmonious fabric of peace for humankind.”というメッセージが添えられている Photo courtesy of Embracing Our Differences

この明らかに政治的な検閲に際して、EODの理事会は、大学側の要求は組織のミッションに反するとして、全員一致でSCFでの展覧会をキャンセル。代替の開催地を検討しているという。

2023.3.9(秋葉美知子)

ニューヨーク市政府の「パブリック・アーティスト・イン・レジデンス(PAIR)」

2023年02月23日

OOIVのウェブサイトより

ニューヨーク市の文化局(DCLA)が主導するパブリック・アーティスト・イン・レジデンス(PAIR)は、課題を抱える市政府の部局にアーティストを組み入れて、創造的な解決策の提案・実現につなげようというプログラムだ。日本でも、アーティスト・イン・レジデンス(AIR)の施設や事業は増えており、情報サイトAIR_J(エアージェイ)のレジデンス一覧には88件がリストアップされ、自治体が芸術振興や地域づくりのために支援している事例も少なくない。しかし、市役所の期間業務職員のようなかたちでアーティストを起用するニューヨーク型のプログラムは今のところないと思われる。

PAIRは、トム・フィンケルパール氏が文化局長官だった2015年に創設された。そのルーツは、フェミニスト・アーティストのミエル・ラダマン・ユーケレスが日常的なメンテナンス労働をアートへと転換したパフォーマンスをきっかけに、1977年、ニューヨーク市衛生局(DSNY)が彼女を(無給の)アーティスト・イン・レジデンスに任命したことに遡る。その経緯については、『ア・ブレイド・オブ・グラス』第2号の「 パートナーとしての市:行政機関とコラボレートする3人のアーティスト」を参照されたい。

DCLAのウェブサイトには、PAIRの概要が次のように記されている。

PAIRは、アーティストが創造的な問題解決者であることを前提としています。アーティストは、コミュニティの絆を築き、双方向の対話の回路を開くために、オープンエンドなプロセスで協働し、その活動を体験する人々に新しい可能性が生まれるよう、現実を再想像することによって、長期的かつ持続的なインパクトを与えることができるのです。

DCLAとパートナーを組む市の部局は、一連の対話を通じて、その部局が重点的に取り組みたい対象者、課題、目標などを決めていきます。DCLAは、長官レベルの支援を得て、アーティストを公募、あるいは、芸術的な卓越性とレジデンスで扱う特定の社会問題に対する知識を有することに基づいて、アーティストを推薦します。最終的なアーティストの選定は、両部局が連携して行います。

それぞれのPAIRは、最短1年間です。レジデンスはリサーチ段階から始まります。その期間、アーティストは部局でスタッフと会い、業務や構想について学び、また一方で自らの芸術の実践とプロセスをスタッフに紹介します。こうしてアーティストは、部局とのパートナーシップで実施する1つ以上の公開参加型プロジェクト提案。こうしてリサーチ段階は終了し、実施に移ります。アーティストには報酬が支払われるほか、部局内のデスクスペースやDCLAのMaterials for the Arts(*)の利用なども可能です。

現在、PAIRの原点となったDSNYでは、プリントメイキング、インスタレーション、パフォーマンスなどを手がけるアーティスト、ストゥ・レン(sTo Len)がレジデントとして活動している。彼は、巨大な要塞のような衛生局中央修理工場の中にある、かつて同局の注意喚起やルール周知の看板やポスターがスクリーン印刷されていたスタジオを拠点に、Office of In Visibility (OOIV)プロジェクトを立ち上げた。このスタジオに眠っていた機材や資料を再利用、アーカイブしながら、DSNYのビジュアル表現の歴史と積極的にコラボレーションし、独自の新しいシリーズを創作している。実は、彼は2021-22年のレジデント・アーティストとして指名されたのだが、自らの希望で期間延長し、アーカイブをさらに充実させて、DSNYの歴史と進化を市民に伝えようとしている。レンのこれまでの活動は、Hyperallergicの記事に詳しい。

ちなみに、2022-23年の期間、PAIRを受け入れている部局は、
Department of Design and Construction(設計・施工局)
Department of Homeless Services(ホームレス対策局)
NYC Health + Hospitals(NYCヘルス+ホスピタル)
Office for the Prevention of Hate Crime(ヘイトクライム防止対策室)

いずれの部局も緊急の課題がありそうなので、アーティストたちがどのようなアイディアで取り組むのか、注目したい。

(*)企業や個人から寄付を受けた、再利用可能な素材(紙、布、ペンキ、文具、工具、家具など)を、芸術プログラムを行うNPO、ニューヨーク市の公立学校、市の部局に無料で提供するリユースセンター。

2023.2.23(秋葉美知子)

私のソーシャル・プラクティス(2)―アート・スタジオ大山の活動と公園での野外展覧会

2022年11月09日

アーティスト尾曽越理恵(おそごえりえ)さんの活動は、2022年5月20日の本ブログで紹介しましたが、その後も彼女は社会を変える一歩として、自らのソーシャル・プラクティスを続けています。手応えと課題の両方を感じたその経験と、今の思いをエッセイに書いていただきました。


アート・スタジオ大山の壁に掛けられた参加者の作品の数々

生きにくさを感じる人たちの表現の場となっている

去年の5月から始めた池袋の公園での炊き出しアートスペースを発展させた場所として、今年(2022年)の3月から板橋区に「アート・スタジオ大山」を創設し、半年余りが経ちました。スタジオには炊き出しに参加する人ばかりでなく、精神疾患を持つ人や休職中の人、生活保護受給者や高校中退者など、社会に幅広く存在する生きにくさを感じている人たちが定期的に集まり、独自の個性的な作品制作をしています。利用者の人たちは皆、意欲を持って創作に励んでいます。精神疾患で高校を中退せざるを得なかった女性は「スタジオに行ける日が楽しみです。学校に行けなかった私にとって、とてもいい場所なので」と言っています。

10月22日に、炊き出しアートスペースとスタジオの両方で描かれた作品の展覧会を公園で開催しました。今年の展覧会は去年の東京芸術劇場のギャラリーとは違って、野外の公園で行いました。ホームレス支援団体「てのはし」による炊き出しが行われている東池袋中央公園です。野外で行うアイデアは自由学園の生徒さんたちが考えたものです。池袋に来る若い人たちを呼び込みたいということからでした。しかし予定していた生徒さんたちとのコラボレーションは8月末に頓挫してしまい、展覧会のタイトルと開催場所を決めたまま、残念ながら彼らはこのプロジェクトから引き揚げてしまいました。自由学園で参加予定だった9人の生徒さんたちは音楽や絵画に対する意欲はあっても、社会に対する意識を持つことは難しかったようです。

 

東池袋中央公園での展覧会

参加者、観客との対話もはずんだ

展覧会には12人が参加し、全部で42点の作品を展示しました。それを約100人の観客の方に見ていただきました。作品にはキャプションを付けて作者の意図や作者自身の言葉を紹介しました。たとえば社会的弱者の目から見た今の社会を批判する言葉などです。また対話カフェを設置して椅子を置き、小さなペットボトルのお茶を配って、観客と作者との対話を促しました。公園で展示することで、ギャラリーには来ない人や、たまたま立ち寄って興味を持った人にも見てもらうことができました。
「これまでこういうことを意識して生活していなかった、大変な人がいるのだとわかった」と言う人。また「個性的だと思った、自由に描いて圧倒された。私もやってみたい」「書いてある文に共感した、私も障害者でこういうことを思っている」という感想をいただきました。中には小田原から2時間かけて見に来たという方もいて、ご自身の息子さんも精神障害者で「共感することが多く、力づけられた。2時間かけて来て良かった」と言って帰られました。また、ある新聞社の方に「なかなかない催しだ」と言われたことも印象に残りました。

今年の展覧会も準備や片づけはスタジオのメンバーとボランティアで素早くやり、案内状やお茶を配るなどして特別に良く働いてくれたメンバーもいました。この展覧会では作品を見せるだけでなく社会で見落とされがちな人たちが何を思い考えているかということを重視して、それを社会に発信することが大きな目的でした。 こうした現状を知って、考えてもらうことは現状を批判し常識とされていることを問うことでもあり、社会を変えることへの一歩であると思います。それこそが私のソ-シャル・プラクティスです。日本では社会や政治に目が行く人は少数のような気がします。そんななかでも、私は今後も自分のコンセプトをゆるぎなくやっていきたいと思っています。

尾曽越理恵 Rie Osogoe https://www.osogoe.com/

2022年11月9日

 

ICOMプラハ大会、ミュージアムの定義を更新

2022年08月27日

ミュージアムとは何か? 2019 年 9 月の ICOM (国際博物館会議/International Council of Museums)京都大会において、時代に即したミュージアムの新しい定義が提案されたものの、その内容が論議を呼び、採決延期になったことはこのブログでも紹介したが、その後も改訂に向けた作業は継続され、今回のプラハ大会の臨時総会で、新提案が賛成多数で承認された(賛成487、反対23、棄権17)。

以下、2007年に更新された現行の定義、2019年に提案されたが採択されなかった定義、今回承認された最新の定義を比較してみよう。

①【2007年~】
A museum is a non-profit, permanent institution in the service of society and its development, open to the public, which acquires, conserves, researches, communicates and exhibits the tangible and intangible heritage of humanity and its environment for the purposes of education, study and enjoyment

ミュージアムは、社会とその発展のために奉仕する、非営利で常設の、一般に公開される機関であり、教育、研究、楽しみを目的として、人類とその環境の有形および無形の遺産を取得、保存、調査、伝達、展示する。

②【2019年の提案】
Museums are democratizing, inclusive and polyphonic spaces for critical dialogue about the pasts and the futures. Acknowledging and addressing the conflicts and challenges of the present, they hold artifacts and specimens in trust for society, safeguard diverse memories for future generations and guarantee equal rights and equal access to heritage for all people.
Museums are not for profit. They are participatory and transparent, and work in active partnership with and for diverse communities to collect, preserve, research, interpret, exhibit, and enhance understandings of the world, aiming to contribute to human dignity and social justice, global equality and planetary wellbeing.

ミュージアムは、過去と未来について重要な意味を持つ対話のための、民主的、包摂的かつ多声的な空間である。ミュージアムは現在の対立や課題を認識し、それらに取り組みつつ、社会の委託のもと、人工品や[動植物・鉱物などの]標本を保管し、将来の世代のために多様な記憶を守るとともに、すべての人々のために、遺産に対する平等な権利と平等なアクセスを保証する。
ミュージアムは営利を目的としない。ミュージアムは参加型で透明性があり、多様なコミュニティと積極的に連携して、世界に関する知識を収集、保存、研究、解釈、展示、強化し、人間の尊厳と社会正義、世界の平等、健全な地球に貢献することを目指している。

③【2022年8月に承認された新定義】
A museum is a not-for-profit, permanent institution in the service of society that researches, collects, conserves, interprets and exhibits tangible and intangible heritage. Open to the public, accessible and inclusive, museums foster diversity and sustainability. They operate and communicate ethically, professionally and with the participation of communities, offering varied experiences for education, enjoyment, reflection and knowledge sharing.

ミュージアムは、有形および無形の遺産を研究、収集、保存、解釈、展示する、社会に奉仕する非営利の常設機関である。ミュージアムは、一般に公開され、アクセスしやすく、包摂的であり、多様性と持続可能性を育む。ミュージアムは、倫理的、専門的に、そして地域社会の参加を得ながら運営とコミュニケーションを行い、教育、楽しみ、省察、知識共有のためにさまざまな体験を提供する。

①に比べて倍以上の語数で作成された②の提案は、社会問題に向き合う姿勢や多様な人々との関係性を強調し、「socially engaged museum」とも呼べそうなミュージアム像が含意されていた。ミュージアム・アクティビズムの考え方を反映したこの定義は、多くの(保守的?)ミュージアムにとっては採用が難しかったという。今回の改訂は、現行の定義に沿いながら、「インクルーシブ」「ダイバーシティ」「サステナビリティ」「コミュニティ」などの時代に寄り添った言葉を加え、どんな館にとっても無理のない、最大公約数的定義になったと言えるだろう。
②の提案からは後退した感が否めないが、今日のミュージアムの在り方を、運営者だけでなく利用者の私たちも、今一度考え直す機会になればと思う。

2022.8.27 (秋葉美知子)

ABOGの創設者デボラ・フィシャーがエグゼクティブ・ディレクターを辞任

2022年06月07日

デボラ・フィッシャー(A Blade of Grassのウェブサイトより)

ニューヨークを拠点に、ソーシャリー・エンゲイジド・アートに特化した支援で知られるNPO、ア・ブレイド・オブ・グラス(ABOG)が大幅に組織をリストラし、活動を縮小したことを2020年10月7日付の本ブログで紹介したが、今度は、創設者でエグゼクティブ・ディレクターのデボラ・フィシャーが5月31日をもって辞任し、自身の創造活動に専念するというアナウンスがあった。新しいリーダーにソクラテス彫刻公園の暫定エグゼクティブ・ディレクターを務めていたスージー・デルヴァールを迎えて、組織を継続、成長させていくという。

2年前、コロナ危機で組織の予算が蒸発していく中、社会的価値を追求する非営利文化機関はどのようにして活動を継続するかについて、非常に前向きに語っていた彼女が、どのようにこの決断に至ったのかはわからないが、ABOGのウェブサイトに掲載されたデボラ自身のメッセージの一部を紹介することで、彼女の今後の活躍とABOGの再始動に期待したいと思う。

私はA Blade of Grassを、そして私たち全員がこの11年間に成し遂げてきた素晴らしい仕事をとても誇りに思っています。私たちは、ソーシャリー・エンゲイジド・アートに特化した唯一の全米規模の非営利団体で、社会変革のためにコミュニティで活動するアーティストのニーズに合わせて柔軟に対応できる独自の資金調達構造を作り上げ、維持してきました。ABOGフェローシップを通じて、私たちは60以上のアーティスト主導のプロジェクトと協働し、海外のオーディエンスにも届くプログラム、コンテンツ、リサーチを生み出し、社会正義の目標に向かって活動するアーティストの価値を明確に示してきました。そして私たちは、インスティチューションとして、常に自分たち自身がソーシャリー・エンゲイジド・アーティストであるかのように振る舞おうとしてきました。

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私は、公共的、社会的な活動に焦点を合わせたアーティストとして、また、常に実践の共同体に属してきた者として、A Blade of Grassに参加しました。A Blade of Grassは、人々が集まって、美しくかつ意図的な何かを行う力を、私がどれほど信じているかの証明です。この11年間、創造的実践者たちの広大で国際的なネットワークを構築してきましたが、今こそ、よりローカルに、私自身のクリエイティブな人生とより直接的に結びついた形で活動する時期が来たのだと思います。2001年から合気道を本格的に学んでいる私は、道場を開いて武術を教え、武術家のコミュニティを作ろうと思っています(※)。また、私自身の芸術実践としては、2014年から占いの技術を研究していますので、占星術を深める時間を持つことを非常に楽しみにしています。

※デボラ・フィシャーは、ABOGマガジン第4号に掲載のエッセイ「A Tale of Two Dojos: An Allegory About Institutional Integrity」で、合気道の道場文化に言及している。

2022.6.7(秋葉美知子)