KSMoCA Dr Martin Luther King Jr School Museum of Contemporary Art (KSMoCA)
小学校の中にある「現代美術館」
米国・オレゴン州ポートランドに、「KSMoCA(ケイエスモカ:Dr. Martin Luther King Jr. School Museum of Contemporary Art)」と呼ばれる現代美術館がある。
「美術館」と言っても、独立したひとつの建造物があるわけではない。KSMoCAは、地域の公立小学校「ドクター・マーティン・ルーサー・キング・ジュニア小学校(以下、キング牧師小学校)」の校舎の中に“内包”される形で機能している、極めてユニークなプロジェクトで、ポートランド州立大学(PSU)大学院のArt and Social Practiceプログラム(*)とキング牧師小学校との共同運営で行われている。
(*)このプログラムは、ソーシャル・プラクティス(ソーシャリー・エンゲイジド・アートとほぼ同義)専攻のMFA(芸術修士)プログラ ムとして2007年に設置。SEA分野の大学教育課程の先駆として知られる。
小学校の中にあるこのユニークな美術館について、PSUのArt and Social PracticeプログラムでMFAを取得し、現在は同プログラム・メンターを務める山中緑さんに、その仕組みや活動内容を紹介してもらった。
KSMoCAは、2014年、アーティストであり、ポートランド州立大学(以下、PSU)教授のハレル・フレッチャー(Harrell Fletcher)とリサ・ジャレット(Lisa Jarrett)によって創設された。当時、アメリカの多くの公立学校同様、キング牧師小学校にも美術教師はおらず、アートの授業は行われていなかった。そこで当時の校長から「何か一緒にできないだろうか?」と相談が持ちかけられたことがすべての始まりだった。それから約10年。KSMoCAは、小学校と大学(大学院)が互いの既存リソースを持ち寄ることで、特別な大予算を組むことなく、大学と小学校、そして地域コミュニティを繋ぎ、豊かな学びの場を創り出している。
パートナーシップによる社会資本の共有
小学校側は2つの教室と校内の壁面空間をKSMoCA専用として提供し、現場のカウンセラーや事務職員が日常の運営パートナーとして参画する。一方の大学側は、教授陣や大学院生・学部生たちの授業や実践の場として人材と知識を投入する。このように双方の持ち寄りによってプロジェクトを動かしつつ、さらに必要な資金についてはリサ・ジャレットをはじめとするチームがPSUを通じて助成金を獲得・補填する形で独立運営を支えている。
校舎に足を踏み入れると、エントランスには「Dr. Martin Luther King Jr. School Museum of Contemporary Art」と壁一面に大きな文字。その下には、西暦を表す数字とともに写真や記事が並んでる。その内容を理解せずとも「この学校が歴史的に重要な背景を持っている」ことが感じられる。これは、タイムライン(Timeline)というKSMoCAのコレクションのひとつで、コミュニティのサポートで当時の職員と教師たちによって作られた。
学校内の壁は落ち着いたモスグリーン色だが、KSMoCAの展示エリアとなっている壁面は、美術館らしく「白」く塗装されている。そのKSMoCAの白い壁に並ぶ作品の脇には一般的な美術館と同様、作品解説キャプション(アートラベル)が添えられている。KSMoCAに収蔵・展示されているすべての作品は、子どもたちが何らかの形(共作やワークショップでの制作、あるいは作品を選び出すキュレーションなど)で関わっているので、ラベルには、招聘アーティストの名前だけでなく、関わった子どもたちの名前も等しくクレジットされている。子どもの視線の高さに合わせて飾られた「実物」の作品と、彼らの名が記されたアートラベル。それらが、日常空間を子どもたち自身が当事者として存在するアート空間に変えている。
公立小学校という性質上、セキュリティの観点から「いつでも誰もがフラッと入れる」わけではないが、事前に連絡・手続きを行えば見学は可能だ。また、年に3回開催される展覧会のオープニングイベントには、児童や保護者を中心に、地域住民にも広く門戸が開かれる。(通常の小学校訪問と同様に、必ずメインオフィスで入館の手続きをする必要がある。)
日本とは比較できないほど教育格差の大きいアメリカでは、社会的資本が乏しい学校が認定され、連邦政府からの補助が出ている。同校もそのひとつで、この学校に通う子どもたちの家庭の中には、生涯で一度も美術館に足を運んだことがないというケースも少なくない。「毎日通う学校の中に本物の美術館があり、自分たちの作品がアーティストの作品と並んで飾られている」という体験は、子どもたちや家族にとって「美術館」という存在との関係性を再定義する機会になっている。さらに、KSMoCAでは定期的に『KSMoCA News』というニュースレターを英語とスペイン語のバイリンガルで発行し、保護者や地域へ活動を届けている。
プログラムの仕組み:小学生・大学生・大学院生それぞれの多層的な関わり
KSMoCAの主体は、キング牧師小学校の小学生、PSUの大学生、そして、大学院でソーシャル・プラクティスを研究・実践する大学院生だ。具体的には、小学生とのメンターシップ・プログラムを含む、PSUの学部生向けの「子どもとアート~公立学校の中の美術館」という授業、外部のアーティストを招聘して行うアーティスト・イン・レジデンスと、そのアーティストによる小学生向けワークショップ、そして、そのアーティストとともに展覧会が行われる。また、その時々に応じた特別プロジェクトも展開されている。
● 学部生向け授業
PSUの授業「子どもとアート~公立学校の中の美術館(Art with Kids – A museum in a public school)」は、KSMoCAで行われている。アート専攻に限らず、教育学、心理学、社会学、建築学、さらには犯罪学まで、多様な領域を学ぶ学部生に開かれており、リピート受講も多い。彼らは社会学や教育学、アートを横断する「Place-Based Learning(地域に根ざした探究学習)」として地域や歴史を学びながら、子どもたちとの実践と議論を深めている。
● メンターシップ・プログラム(1対1の対話と実践)
前述の学部生向け授業と連動したプログラムで、小学校の体育や図書といった選択制の専科科目(スペシャル)の時間を使い、希望する児童が保護者の同意を得て授業を受けている。ここでは大学生と小学生が1対1のペアとなり、週1回50分×8週間にわたって時間を共にする。テーマは一貫して「関係性を築くこと」だ。過ごし方は自由で、共に作品を作るペアもいれば、おしゃべりや鬼ごっこをして過ごすペアもいる。小学生にとっては「大人がひとり、100%自分に注意を向けてくれる」贅沢で貴重な時間となり、大学生にとっては「目の前の他者といかに向き合い、信頼を育むか」を探求する生きた実践の場となっている。
● 招待アーティストとの協働
年に3回(秋・冬・春)、現代美術作家を「アーティスト・イン・レジデンス」として学校に招聘する。こちらはクラス単位、学年単位、時には全校生徒を巻き込んだ形でワークショップが実施される。そのため、メンターシップを受けていない児童であっても、何らかの形で全員がアーティストやアート制作に関わる機会を持つ。学期の終わりには、アーティストの作品と子どもたちのコラボレーション作品が廊下の白い壁に並び、大学生たちが小学生とともに制作した小冊子(ZINE)が配られ、オープニングイベントも開かれる。
● ソーシャル・プラクティスの研究・実践の拠点
多様な学びとプロジェクトが交差するKSMoCAは、大学院のコア授業の場でもある。院生にとっては、この場の多様なリソースを活用しながら自身の研究やアート実践を深め、あらゆる活動に横断的に参画できる「生きたラボ」だ。小学生・学部生・大学院生・アーティストが関わり合うこの場所は、いわば若き実践者たちにとっての「インキュベーションセンター(孵化器)」であり、「研究所」として機能している。
学びの豊かさ
私自身、PSUの大学院生として、また学部生向けクラスのティーチングアシスタントやメンターシップのメンターとして、KSMoCAの現場に深く関わってきた。知れば知るほど私を魅了したのは、この場所に「あらかじめ決められた教育目標」や「完成されたカリキュラム」が存在しないことだ。その代わりにあるのは「問い」である。これまで教育は、テストの得点や進学率、あるいは「社会的にどれだけの成果や影響をもたらしたか」という、可視化・数値化できる結果ばかりが重視されてきたように思う。しかし、「気づき」の深さを、どうやって測ることができるのか。人の内に眠る「可能性」を、どのような指標で評価できるのか。
KSMoCAの営みは、その多くが結末をあらかじめ定めない「オープンエンド」な活動だ。そこで尊重されるのは、あらかじめ設定されたゴールに到達することではなく、人と人とが関わる「プロセス」や「体験そのもの」である。ここで生まれた体験をどう受け止め、自身の人生や表現にどう活かしていくかは、子どもたち一人ひとり、そして関わった大人たちそれぞれに委ねられている。
安易に答えを求めず、それぞれのプロセスを肯定する「寛容さ」が、ソーシャル・プラクティスの豊かさであり、人間の「個」と「未来」を信じる姿勢に他ならない。だからこそ子どもたちは自由に、のびのびと自身の好奇心を解き放ち、内なる探求のエネルギーを増幅させていく。KSMoCAが提示しているのは、厳密なマニュアルではなく、人と人との相互作用を受け止める「しなやかな枠組み(フレームワーク)」だ。この枠組みの中で起きる主体的な価値付けと成長こそが、これからの時代におけるアートと教育、そしてコミュニティのあり方を示唆しているように思う。
最後に、KSMoCAプログラム・デザイン・出版担当ディレクターのローラ・グレイザーさんのコメントを紹介します。
私たちのプログラムやパートナーシップは、KSMoCAの設立時に掲げられた問いへの答えを探求する機会です。その問いとは、『すべての公立学校に図書室があるなら、すべての公立学校に美術館があったらどうだろう?』『児童生徒が、美術館をつくり、運営する主体的な協働者になれたらどうだろう?』というものでした。
KSMoCAがユニークである理由は数多くありますが、私にとって最も重要だと思える3つの理由があります。
1つ目は、子どもたちの表現や創造性を、価値があり、革新的で、思慮深く、そして展示するにふさわしいものとして尊重している点です。2つ目は、子どもたち自身が自分のアート作品に対して主体性(エージェンシー)を持ち、それをどのように社会やパブリックへ伝えるかを自ら決められる点です。そして最後に、キュレーションや美術館運営の現場に『アートとソーシャル・プラクティス』を取り入れることで、新しいアイデアを思索し、実際に試してみるための場所を生み出している点です。













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