インタビュー:SEA教育のパイオニア、ポートランド州立大学ハレル・フレッチャー教授

8月末、米国オレゴン州を訪問した際、ポートランド州立大学(PSU)教授でアーティストとしてもさまざまなプロジェクトを手掛けているハレル・フレッチャー(Harrell Fletcher)氏を自宅に訪ね、話を聞くことができた。フレッチャー教授は、2007年にPSUでMFA in Art and Social Practice (※)プログラムを創設したSEA教育のパイオニアである。パブロ・エルゲラ氏はこのコースの講師として招かれたことがきっかけで『ソーシャリー・エンゲイジド・アート入門』を書いたという。

※MFA=Master of Fine Arts(芸術学修士)

 

大学キャンパスをミュージアムに

harrell-2フレッチャー教授は、1994年にカリフォルニア・カレッジ・オブ・アーツでMFA(Interdisciplinary)を取得した後、1996年にカリフォルニア大学サンタクルーズ校(UCSC)の有機農業実習プログラムに参加。キャンパス内の農場でテント生活をしながら野菜や果物の生産から販売までを学び、その経験が自身のアートワークやSEA教育に大きな影響を与えたという。

アーティストとしてのフレッチャー教授の最近のプロジェクト《Collective Museum》は、馴染みの深いUCSCの2,000エーカー(約800ヘクタール)のキャンパスを広大なミュージアムに変えるというもの。教員、学生、スタッフ、卒業生から、キャンパス内の建物や敷地の特定の場所50ヵ所に関する逸話や体験などを聞き出し、そこにまつわる“物語”を作品に仕立てて、当該場所に表示板を設置、学内向けにはギャラリー展示やウォーキング・ツアーを行い、一般にはウェブサイトとカタログで写真とインタビューを紹介している。

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Collective Museumのカタログ

「このプロジェクトは2年前にスタートしたUCSCの新しい研究機関Institute of the Arts and Scienceが、独立した美術館を建てるまでの間、建物を持たない美術館として何ができるかを考える中で、私に依頼されたものです。2年間にわたって、キャンパスを調査し、多くの人にインタビューし、隠された事柄を掘り起こしました。たとえば、カリフォルニアの自然保護の父と言われるケン・ノリス教授のメモリアル・ベンチ、以前UCSCでフェミニスト学を教えていたアンジェラ・デイヴィスの研究室、グレイトフル・デッド(ロック・バンド)のアーカイブ……ジョン・ケージのマッシュルーム・ウォークというのもあります。ジョン・ケージは1960年代末にアーティスト・イン・レジデンスでここに来ていたのですが、彼はキノコにたいへん興味を持っていて、ある日学生たちを森に連れて行き、キノコ探しの散歩をしたそうです。そのときの経験をエール大学美術館ディレクターのジャック・レノルズが話してくれました」

「このプロジェクトは、美術館の建物が完成する5年後までのつなぎなのですが、美術館ができた後もキャンパス全体にわたるプロジェクトは続くだろうと期待しています」

 

 

ソーシャリー・エンゲイジド・アート(ソーシャル・プラクティス)とは?

 

さて、フレッチャー教授はソーシャリー・エンゲイジド・アート(ソーシャル・プラクティス)をどうとらえているのだろうか?

―SEAは「ソーシャル・チェンジ」「アート」「インタラクション」の3つの要素を満たすものと私は考えているが、あなたはどう思うか?

HF: 大半のSEAにはそれが当てはまると思うが、「ソーシャル・チェンジ」については、多少注意が必要だ。もし、「ソーシャル・ジャスティス・アート」と言うなら、「ソーシャル・チェンジ」の要素は必須だが、SEAあるいはソーシャル・プラクティスと言う場合、いつでも当てはまるとは限らない。変化は起こるだろうが、それはソーシャル・ジャスティスとかポリティカルと認識されるものではないかもしれない。もっと微妙な(subtler)なものでもあり得る。

たとえば、以前、ポートランド美術館に犬を連れて入るというプロジェクトを卒業研究にした学生がいた。彼はそこで何か面白いことが起こることを観察したかったわけで、これをソーシャル・ジャスティスとかソーシャル・チェンジと言うことはできない。しかし、そこで彼は美術館内外の人々とやりとりをしていて、実際にエンゲイジメントが起こっている。多くの場合、ソーシャル・エンゲイジメントが“ポリティカル”の意味で理解されているが、私のプログラムではもっと幅広くとらえていて、学生をソーシャル・ジャスティスの要素を持つプロジェクトに方向付けることはしない。それでも多くの学生はそちらを選ぶけれど。

 

―「チェンジ」という言葉はいろいろな意味に解釈される?

HF: 「チェンジ」という言葉づかいは上から目線になる可能性がある。たとえば、軍隊の代わりに技術を持った市民ボランティアを発展途上国に派遣し、教育・農業技術・公衆衛生などを現地で指導する平和部隊(Peace Corps)は、いいことをしているつもりでも、相手国の文化や歴史や何が求められているのかを理解せず、アメリカ的な見方で支援しているために、しばしば問題を起こすことがある。SEAでも伝道師的なアプローチでチェンジを押しつけてはいけない。なかには、うまくナビゲートしているアーティスト、LAPDのジョン・マルピードのような素晴らしいお手本もあるが、失敗して期待外れに終わる場合もある。

ソーシャル・ワークとSEAとの違いもよく聞かれるが、ソーシャル・ワークは、より多くの住宅や仕事を見つけるとか、高校の卒業率を高めるとか、することが決まっていて、成果が求められる。私には、そういった変化を起こす能力はないが、アーティストとしての自由を得て、知り合った人々と共に活動し、一風変わった、面白い体験を提供することができる。

lawn-sculpture-3私は15年前にアーティスト・イン・レジデンスでポートランドに来て、このあたりを歩き回っているとき、思いがけずある家の前庭に3体の彫刻が置かれているのを見つけた。数ヵ月後に再度訪ねると、その彫刻のひとつが壊れていた。家主に聞いてみると、誰かが故意に破壊したという。私は家主に「新しい彫刻をもっとたくさん作りましょう」と提案し、彼ら家族や友人、近所の人々をモデルに20体のセメント彫刻を作って庭に並べた。その後その彫刻群は破壊されることなく、近隣の人々から愛され、交流が起こり、ネイバーフッド・ダイナミクスが生まれた。これは政治的、経済的な大変化ではないが、小さいけれど前向きな変化だ。そしてそれはソーシャル・ワークにはできない、アートだからこそできることだと思う。

「チェンジ」という言葉は注意が必要だが、厳格に定義せずに幅広い意味で使うなら差し支えないだろう。

 

既存のアート・システムをブレイクするSEAの可能性は無限

 

HF: 伝統的なアートワールドでは、アーティストは輸送可能なオブジェクト(絵画、写真、彫刻、ビデオ等々)を作り、世界中のギャラリーやアートフェアで展示、販売するという“スタジオ/ギャラリー/マーケット”システムにフィットするよう求められる。私は、オブジェクトを売るというコマーシャルなキャリアはないし、関心もないが、そのことが私の考え方を解放し、モノを作ることからよりサイトスペシフィックな、特定の地域に調和し、そこの人々が求めるものを理解するワークに向かわせた。自分の作品がロンドンでどう受け止められるかなど気にしなくていいし、そのアートワークのかたちも恒久的に残るオブジェクトでもいいし、一時的に存在して消えてしまうものやイベントでもいい。

私は、既存のパラダイムを打ち破って、別種の方法論を生み出さなければならないと思っているので、学生たちが既存のシステムの中で何をするのかを前もって決めてしまわないように注意をはらっている。

 

―どんな学生がソーシャル・プラクティスのMFAプログラムに来るのか?

HF: 私の学生の多くは、美術教育を受けた経験を持っていない。パフォーマンスやダンス、対立解決(conflict resolution)、民俗学、女性学まで、さまざまな分野から来ている。彼らは美術に関心があっても、既存のシステムにそれほどコミットしていない。学生が『アートフォーラム』を読んでいたり、ギャラリーのオープニングに行った話をしているのを見たことがない。だから、とても素早く既存の考え方を打ち破る。

もし彼らが、アートワールドのシステムの中でグローバルなキャリアを望んでも、競争相手がたくさんいるなかでは成功のチャンスは1%か0.5%か…。それに比べて、SEAのアプローチは成功しやすい。誰かの家の庭でプロジェクトをするのにキュレーターの承認はいらない。図書館、学校、近隣、どんな場所でもプロジェクト・サイトになり得るし、資金もさまざまなソースから得ることができる。可能性は無限だ。

私が農業実習を体験したことはSEAの実践に役立っている。そこでは作物を育てるだけでなく、売り方も学ばなければならない。アート作品と違って農作物は腐ってしまう。同様に単にオブジェクトを作るだけのSEAはあり得ない。誰がオーディエンスなのか、どうしたら実際に機能するのか、コンテクストを考えなければならない。その基本は、“Know the place first”だ。もしあなたが何かオブジェクトを作って、それがどこかで展示されるのを待っていたのでは、ほとんどチャンスは来ないだろう。しかし、もしあなたが近所の人の庭のために何かをデザインするのなら、実現の可能性は高い。つまり、その場所のためのプロジェクトを考えることが実現につながるということだ。


 

話はこのほかに、プロダクトとプロセスについて、SEAと美術館の関係について、SEAにおける参加者名のクレジットについて等々に及んだが、これらについては聞き足りないところもあり、また別の機会に紹介したい。

(秋葉美知子)