インターフェアレンス・アーカイブ Interference Archive
ニューヨーク市のブルックリンに、インターフェアレンス・アーカイブ(IA)という、社会運動のためにつくられたポスター、フライヤー、新聞、雑誌、ビニール・レコード、Tシャツやバッジまで、さまざまな資料を集め、ボランティア運営で一般公開している場所がある。本サイトのブログでも紹介したニューヨーク市立大学のグレゴリー・ショレット教授によるSEAの歴史ゼミでは、毎年IAでの学外学習が組み込まれている。学生をここに連れて行くねらいは、1)彼らが利用できるアーカイブ資料の深さと質を認識させるため。2)水平的で、完全なボランティアによるプロジェクトが、良い面も問題点も含めて、どのように機能するかを学ぶため。そして、3) 学生たちがIAを活用するだけでなく、そのボランティア活動に参加する可能性への期待もあるという。
このユニークなアーカイブについて、ショレット教授とIA創設者の一人、ジョシュ・マクフィー氏に紹介文を依頼した。
2011年、ジョシュ・マクフィー、ケヴィン・キャプリッキー、モリー・フェア、そして故ダラ・グリーンウォルドは、インターフェアレンス・アーカイブ(Interference Archive/IA)を設立した。彼らは、社会運動文化に関する個人的なコレクションを持ち寄っただけでなく、アーティストやオーガナイザーとしての自分たちのスキル、そしてアーカイブズ学の専門教育を受けたモリーの知識を結集した。設立以来、このプロジェクトはオール・ボランティアで運営されるインスティテューションへと成長し、数十人に及ぶ参加者が、入れ替わり立ち替わりアーカイブ内のさまざまなワーキンググループに継続して関わり、活動を支えている。
IAのミッションは多面的だ。第一に、オルタナティブなコミュニティ・アーカイビングの成功した実践例であること。第二に、歴史・文化・政治的アクティビズムや組織作りに関心を持つコミュニティの拠点であり、同時にその形成を促進するエンジンであること。第三に、コミュニティがつくり出した歴史はアイデンティティの中核であり、その形成に関わった人々自身がアクセスできるものであるべきだ、ということを想起させる役割を果たすこと。
IAは、草の根の社会運動によって生み出された、ポスター、フライヤー、新聞、雑誌、写真、映像、音声記録からTシャツやバッジまで膨大なコレクションを所蔵している。これらの素材は、ほぼ例外なく大量配布を目的として制作されたものであり、アーティストが社会的・政治的な大義を支持するために制作した作品と重なり合うこともあるが、独自の特徴を持つ場合も少なくない。さらにこのアーカイブは、資料の収集保存だけでなく、展示、公開トーク、映画上映、ワークショップ、出版プロジェクトも行っている。こうした調査研究と社会的参与の組み合わせはオンラインでの活動によって強化されており、「社会変革のために能動的に活動する人々の歴史を生き生きと描き出す」というIAの包括的ミッションを明確に示している。さらに、IAを特に魅力的な存在にしているもう一つの特徴は、安定した制度的支援がない中で、徹底したDIY精神を貫いていることである。理想的とは言えない条件(ブルックリンでも屈指の家賃の高い地区であるパーク・スロープに路面店舗を借りていることなど)のもとで、可能な限り政治的・経済的に自律した組織運営を目指している。
IAは、所蔵品の完全な目録はないものの、おそらく10万点を超える個別資料を収蔵している。その中には、1960〜70年代のアンダーグラウンド新聞数千部、キューバの〈アフリカ・アジア・ラテンアメリカ諸国人民連帯機構(OSPAAAL)〉が制作した100点以上のポスター、米国の反核運動ネットワーク〈Mobilization for Survival〉の元オーガナイザーから寄贈された国際反核ポスター数百点、1960年代のブレッド&パペット・シアターによるパンフレット、雑誌、公演チラシなど20点以上のオリジナル出版物、サンフランシスコのアナキスト書店〈Bound Together〉が過去30年間に収集したポスター・コレクション、さらに1990〜2000年代のラテンアメリカにおけるアナキスト・パンクのジンや新聞の重要なコレクションが含まれる。
一方で、IAの公開イベントは50以上の展覧会を含む。2011年の最初の展覧会Riot to the Sound of Their Own Desire: Punk Feminismsは、IAの共同創設者であるダラ・グリーンウォルドが企画したもので、200点を超えるジン、新聞、ステッカー、フライヤー、バッジ、Tシャツ、カセットテープ、レコード、その他のエフェメラを紹介する展示だった。彼女はその数ヵ月後、40歳という若さで癌により急逝した。
以後の展覧会には、スペイン語圏で立ち上がったアクティビズム・ネットワーク〈Todos Somos Japon(私たちは皆日本)〉との協働によって、1960〜70年代の反核資料と福島以後の日本のアクティビスト文化を交差させたRadioactivity!、メキシコシティを拠点とするグラフィック制作集団〈スブレヴァルテ・コレクティボ〉の回顧展The Persistence of Dreams、音楽と政治の交差を広範かつ深く検証したIf A Song Could Be Freedom、20世紀および21世紀のアメリカにおける警察制度と警察暴力への抵抗を扱ったDefend/Defund、そしてPalestine Lives! Ten Years of Librarians and Archivists with Palestineなどがある。
極めて限られた予算にもかかわらず、IAは強力な支援ネットワークによって拡張を続けている。このスペースでは、映画上映、講座やワークショップ、公開ミーティング、イベントシリーズ(ジン・ナイト、リソグラフ印刷セッションなど)が定期的に開催されている。これらのイベントは形式や主題こそ多様だが、いずれも芸術と政治の交差点となっている。たとえば、2012年5月22日にカナダ・ケベック州で始まった前例のない大規模な学生ストライキの映像や、1930年代に〈労働者映画写真同盟〉のコレクティブによる映画などが取り上げられてきた。
こうした多様な芸術メディアとコミュニケーション技術を用いてオルタナティブな歴史に焦点を当てることで、IAは1980年代に〈ポリティカル・アート・ドキュメンテーション/ディストリビューション〉(PAD/D)がソーシャリー・エンゲイジド・アートのアーカイブとして開始した活動を継承している。しかし、現在ニューヨーク近代美術館(MoMA)に所蔵されているPAD/Dのコレクションとは異なり、インターフェアレンス・アーカイブは制度的な所属や管理から独立したままである。おそらくこの自律性ゆえに、インターフェアレンス・アーカイブは最終的に、文化的抵抗の新たなモデルを学ぼうとするアーティストやアクティビストのためのツールボックスとして、また十分に研究されてこなかった文化的異議申し立ての歴史を記録する手段として機能する、SEAのアーカイブというPAD/Dのビジョンを実現する存在となるだろう。
最後に、インターフェアレンス・アーカイブ(干渉アーカイブ)と命名した理由をジョシュ・マクフィー氏に尋ねた。
この名称に決めたのには、いくつかのの動機があった。
第一に、私たちは自分たちが収集する資料を、歴史や文化的生産に関する主流の理解に干渉するものとして捉えていること。第二に、アーカイブとは何か、またそれはいかに機能すべきかについて、既存の制度が前提としている考え方そのものに干渉しようとしていること。第三に、「Archive」という語は、私たちが試みていたことを表す名称としては、消去法的に見て、最もましな言葉であったこと。「Library」と呼べば、人々が資料を持ち出したがるだろうし、私たちにはそれを管理するだけの人的余力がなかった。また、「Social Center」のような名称では、コレクションそのものが真剣に受け取られないおそれがあった。
皮肉なことに、私たちが「Archive」という言葉を選んだ理由の一つは、自分たちが単なるソーシャル・プラクティス・アートのプロジェクトではなく、実在するインスティテューション(あるいはカウンター・インスティテューション)であることを明確にするためだったのだが、その後アート界ではアーカイブが流行語となり、今やどこのMFAの学生も、自分たちのへそのゴマを集めて「アーカイブ」として提示するようになってしまった。まあ、世の中そんなものだ。勝つこともあれば、負けることもある。













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