英国アーツカウンシルの「クリエイティブ・ピープル・アンド・プレイセス」事業

cpp-web-all

「クリエイティブ・ピープル・アンド・プレイセス」ウェブサイトより引用

どこの国でも、人々のアート鑑賞や創造活動への参加率は地域によってかなりの差がある。この差を国をあげて解消しようとしているのが、英国アーツカウンシルによる「クリエイティブ・ピープル・アンド・プレイセス(CPP)」というアクション・リサーチ・プログラムだ。英国では、国民の芸術文化活動への参加率を調査し、地方自治体ごとに順位付けている(Active People Survey)。この全国順位データで下位20%に含まれる地域に対象を限定した助成事業がCPPで、低参加率の改善を目的に2012年に創設された。対象となった地域は、コミュニティ団体、芸術文化組織、美術館、劇場、大学などをメンバーに、運営主体となる共同事業体を設立して応募することができ、2012年に7地域、2013年に11地域、2014年に3地域が選定を受けた。イングランド北東部のノーサンバーランドからハウンズロー・ロンドン特別区まで、21地域の共同事業体には、宝くじの収益金を財源に、総額3,700万ポンド(約50億円)にのぼる活動資金が支給された(その後2015年に約7億円追加)。CPPの特設ウェブサイトによると、開始から3年間に、この事業によって1,599件のアート・イベントや活動が実施され、1,023,158人が参加し、その90%はそれまであまりアートに親しんでいなかった層だという。ウェブサイトには生き生きした画像とともに、各地の取り組みが紹介されている。

英国アーツカウンシルはCPPの目的についてこう言っている。
「この助成金は、アーツへの参画が全国平均よりかなり低い地域に焦点を合わせている。それは、参画の機会がないこと、社会経済的要因、物理的アクセスの問題、活動の数自体が少ないことなどによるのだろう。我々は、全ての人々が芸術文化を体験し、それによって触発される権利を持っていると信じる。よって我々は、これらの地域の人々に機会を開きたい」

非常に説得力のあるコンセプトだが、“アクション・リサーチ・プログラム”というように、これは、当該地域を実験台にトライアルし、データを集め、成果と課題を明らかにしようという実地研究事業である。それだけに、評価のスキームは「ここまでやるか」と思うほど念入りだ。全国レベルの評価では、3つの評価軸(①どのくらい多くの人々が参加し、インスパイアされたか ②アートの卓越性とコミュニティ・エンゲイジメントの卓越性がどの程度達成されたか ③どのアプローチが成功し、どんな教訓が得られたか)が設けられ、専門の調査会社が請け負って、地域訪問、四半期ごとの地域からの状況報告とデータの収集、受給団体・関係者へのインタビューに基づいて、年次評価レポートを作成するほか、地域が実施した評価のメタ評価、特定のプロジェクトに注目したケーススタディも行っている。加えて、特定のテーマに基づく調査研究、「オーディエンス・スペクトラム&モザイク・プロファイリング」という観客層分析があり、年一回のコンファレンスもどこかの地域がホストとなって開催されている。さらにユニークなのは、「モア・ザン・100ストーリーズ」と題した“創造的リサーチ”。ライターとイラストレーターの2人の女性がプロジェクト・サイトを訪問し、その体験をウェブサイトにブログで投稿するとともに、イメージとテキストを「作品集」として掲載している。

これらから得られた膨大な資料と分析結果は、確かに地域でアートの裾野を広げるための共有知になるだろう。しかし、体制を固め、住民を企画者、意志決定者、アーティスト、ボランティア、そしてオーディエンスとして巻き込みながら、活動を企画、実施した上、さまざまなリサーチに対応せねばならない地域の負担はかなり重いのではないか。公的資金をもらっている手前、失敗できないというプレッシャーもあるだろう。偏差値の低い生徒をアメとムチで引き上げているように見えるこの事業、地域の運営組織が疲弊しないかと心配になるのは私だけだろうか。

(秋葉美知子)