SEAにおける「チェンジ」とは何か?
ソーシャリー・エンゲイジド・アート(SEA)を前向きに論じる研究者の1人、グラント・ケスターが2015年に創刊し、編集長をつとめる「FIELD」は、SEA評論に特化したウェブ・ジャーナルだ。SEAが世界的な潮流になるとともに、当然ながらその評価や批評のあり方が問われるようになったが、芸術と他分野とのコラボレーションを特徴とするSEAの実践は、アートワールドの既存の批評の枠組みには馴染まない。広く知見を集め、新しい方法論を開発する必要があるというのが創刊の動機だという。
毎号、インターナショナルな執筆者によるエッセイやアーティストへのインタビュー、書評など、読み応えのある記事が掲載されており、先月末に第6号が出た。この号で目を引いたのが、デンマークの美術史家、ミッケル・B・ラスムセンによるA Note on Socially Engaged Art Criticismと題した、ケスターへの批判を含むエッセイと、それに対するケスターの返答である。2人のこれまでの論考や歴史観を理解しないとわかりにくいところもあるが、一般に言われているSEAへの疑問や批判がよく整理されていて、SEAを理論的に研究したい向きには必読のテキストと言えよう。
かなり長文のケスターのエッセイから一つ紹介したいのは、「change」とは何を意味するかについての記述だ。どんなアートワークも(高価で私的なアートのためのアートであっても)、個々の鑑賞者の意識を変革するインパクトを持っている。問題は、アートワークとの出会いによる意識の変化が、鑑賞者の次の行動にどんな影響を与えるかである。ケスターはここで、「チェンジ」カテゴリーを以下のように整理している (番号は筆者が付加)。
① 個人の意識変革(必ずしも行動につながらないし、他者に伝播していくとは限らない)
② 予示的(prefigurative)モデルの提示(現存する権力や意思決定のヒエラルキーに挑戦する新しい社会組織の創造)
③ 文化的あるいは象徴的言説における変革(新しい価値システムの導入、論争の見直し、一定の場における社会関係の改変)
④ 空間的境界の再形成、空間や領地の防御的仕切り、公共空間の一時的占拠
⑤ 抑圧的な行為を阻止したり、遅らせることによる時間的枠組みの再形成
⑥ 公共政策の変革(治安政策、社会政策、所有権、住宅、企業行動などについての政策)
⑦ 政治体制の変革(ローカル、リージョナル、国家のレベルでの)
SEAの実践者は「ソーシャル・チェンジ」という言葉をしばしば使う。しかし、その意味するところは人によってかなりの幅がある。もちろん、ケスターによる「チェンジ」の種類に優劣の順位付けがあるわけではないし、一つのプロジェクトの中でいくつかが共存する場合もあるだろうが、様々なSEAの事例を論じるとき、その実践が何を目指しているかを考察する手がかりとして、これはとても参考になる。
(秋葉美知子)
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