ニューヨーク市政府の「パブリック・アーティスト・イン・レジデンス(PAIR)」

OOIVのウェブサイトより

ニューヨーク市の文化局(DCLA)が主導するパブリック・アーティスト・イン・レジデンス(PAIR)は、課題を抱える市政府の部局にアーティストを組み入れて、創造的な解決策の提案・実現につなげようというプログラムだ。日本でも、アーティスト・イン・レジデンス(AIR)の施設や事業は増えており、情報サイトAIR_J(エアージェイ)のレジデンス一覧には88件がリストアップされ、自治体が芸術振興や地域づくりのために支援している事例も少なくない。しかし、市役所の期間業務職員のようなかたちでアーティストを起用するニューヨーク型のプログラムは今のところないと思われる。

PAIRは、トム・フィンケルパール氏が文化局長官だった2015年に創設された。そのルーツは、フェミニスト・アーティストのミエル・ラダマン・ユーケレスが日常的なメンテナンス労働をアートへと転換したパフォーマンスをきっかけに、1977年、ニューヨーク市衛生局(DSNY)が彼女を(無給の)アーティスト・イン・レジデンスに任命したことに遡る。その経緯については、『ア・ブレイド・オブ・グラス』第2号の「 パートナーとしての市:行政機関とコラボレートする3人のアーティスト」を参照されたい。

DCLAのウェブサイトには、PAIRの概要が次のように記されている。

PAIRは、アーティストが創造的な問題解決者であることを前提としています。アーティストは、コミュニティの絆を築き、双方向の対話の回路を開くために、オープンエンドなプロセスで協働し、その活動を体験する人々に新しい可能性が生まれるよう、現実を再想像することによって、長期的かつ持続的なインパクトを与えることができるのです。

DCLAとパートナーを組む市の部局は、一連の対話を通じて、その部局が重点的に取り組みたい対象者、課題、目標などを決めていきます。DCLAは、長官レベルの支援を得て、アーティストを公募、あるいは、芸術的な卓越性とレジデンスで扱う特定の社会問題に対する知識を有することに基づいて、アーティストを推薦します。最終的なアーティストの選定は、両部局が連携して行います。

それぞれのPAIRは、最短1年間です。レジデンスはリサーチ段階から始まります。その期間、アーティストは部局でスタッフと会い、業務や構想について学び、また一方で自らの芸術の実践とプロセスをスタッフに紹介します。こうしてアーティストは、部局とのパートナーシップで実施する1つ以上の公開参加型プロジェクト提案。こうしてリサーチ段階は終了し、実施に移ります。アーティストには報酬が支払われるほか、部局内のデスクスペースやDCLAのMaterials for the Arts(*)の利用なども可能です。

現在、PAIRの原点となったDSNYでは、プリントメイキング、インスタレーション、パフォーマンスなどを手がけるアーティスト、ストゥ・レン(sTo Len)がレジデントとして活動している。彼は、巨大な要塞のような衛生局中央修理工場の中にある、かつて同局の注意喚起やルール周知の看板やポスターがスクリーン印刷されていたスタジオを拠点に、Office of In Visibility (OOIV)プロジェクトを立ち上げた。このスタジオに眠っていた機材や資料を再利用、アーカイブしながら、DSNYのビジュアル表現の歴史と積極的にコラボレーションし、独自の新しいシリーズを創作している。実は、彼は2021-22年のレジデント・アーティストとして指名されたのだが、自らの希望で期間延長し、アーカイブをさらに充実させて、DSNYの歴史と進化を市民に伝えようとしている。レンのこれまでの活動は、Hyperallergicの記事に詳しい。

ちなみに、2022-23年の期間、PAIRを受け入れている部局は、
Department of Design and Construction(設計・施工局)
Department of Homeless Services(ホームレス対策局)
NYC Health + Hospitals(NYCヘルス+ホスピタル)
Office for the Prevention of Hate Crime(ヘイトクライム防止対策室)

いずれの部局も緊急の課題がありそうなので、アーティストたちがどのようなアイディアで取り組むのか、注目したい。

(*)企業や個人から寄付を受けた、再利用可能な素材(紙、布、ペンキ、文具、工具、家具など)を、芸術プログラムを行うNPO、ニューヨーク市の公立学校、市の部局に無料で提供するリユースセンター。

2023.2.23(秋葉美知子)