私の ソーシャル ・ プラクティス ― 公園の炊き出しアートスペースからスタジオ創設まで
2021年10月15日付の本ブログで紹介した、ニューヨーク市立大学クイーンズ校のMFAプログラム「ソーシャル・プラクティス・クイーンズ(SPQ)」で学んだ日本人アーティスト、尾曽越理恵さん。コンセプチュアルな作品制作から現場での実践、そして新しい場を開くまで、自身の活動を振り返るエッセイを紹介します。
私は2020年秋から22年春までの2年間、ニューヨーク市立大学クイーンズ校の大学院プログラム「SPQ:ソーシャル・プラクティス・クイーンズ」に在籍しました。それまでは広島に落とされた原爆について、国民の立場からそれをどう捉えたかということをテーマに作品シリーズを創ってきました。
ホームレス問題に取り組む直接のきっかけは、キングスボロ・コミュニティ・カレッジの美術館で開催される、ホームレスをテーマとした企画展「Unhomeless NYC」の作品公募に応募したことでした。
私はまず、日本のホームレス問題はどうなのかということを考えました。なぜなら私はグリーンカードもなくただの学生ビザの留学生で、学業を終えてもニューヨークに滞在するつもりもありませんでしたので、自国のことを考えるのは当然だと思い、またそれを大学は許してくれました。調べてみると、日本のホームレス問題もアメリカ同様に酷いものだと感じました。特に、ネットカフェに滞在する隠れホームレスが一日4,000人もいるということに衝撃を受けました。彼らは何を考えて生きているのだろうか。それを知りたくて「てのはし」という炊き出しの主催団体に連絡を取り、取材の許可を得ました。
2020年の年末に帰国し、21年の1月から、月2回の土曜日、池袋の公園で行われている「てのはし」の炊き出しに通いました。そこには無料のお弁当を手にするために人々の長い列ができていて、私はそこで列を回りながら人々の話を聞きました。そしてそれをスタジオワークの2Dや3Dの作品にしましたが、やがて作品としてモノを創ることよりも、もっと大切な、この人々との関わりをどう発展させたらよいのか考えなくてはいけないと気づきました。炊き出しの列で絵を描くのがとても好きな老人と出会ったことが、この場にアートスペースを創設するきっかけとなりました。5月に「てのはし」の許可をもらい、公園の一角にアートスペースを開き、手作りのチラシを配って参加者を募りました。アートスペースには、絵を描くことに興味を持つ人、何か意見が言いたい人、お弁当配布までの時間をつぶす人などが集まり、絵やテキストを描きました。たくさんの人との出会いがありました。
そうしてできた作品を2021年11月にギャラリーで展示しました。同じ池袋にある東京芸術劇場の地下にある画廊です。ここはホームレスの人たちがよく行く場所です。展覧会タイトルは「聞かれてなかった声に耳を澄ませる」としました。
「展示作業には報酬を出します」と言って、公園のアートスペースに来ていた人たちから手伝ってくれる人を募集しました。常連さん中心に、本当にお金に困っている人たちが集まりました。彼らはよく働いてくれてスムーズに作業ができました。同時に、お昼ご飯を共にして話を聞くと、個々の人がどういう生活しているのか、どう感じて生きているのかが、アートスペースのときよりもよくわかりました。
共に一つの目的に向かって一緒に働いた仲間のような連帯感もでき、この経験が後のアートスタジオ作りの原動力となりました。
2022年3月に、板橋区の大山駅からほど近い場所に「アートスタジオ大山」を創設しました。このスタジオができるのを今か今かと待っていた公園のアートスペース参加者が二人います。
その一人が元ホームレスの路上太郎(仮名)さん。アートスペースの常連だった彼は、展示作業まで手伝った結果、ホームレスから脱することができました。彼は生活保護だけは絶対受けたくないと、私の勧めにもかかわらず、ずっとホームレスでいたのですが、元々絵が好きで以前から独学で絵を描いていました。アートスペースで描いた彼の絵がテレビや新聞に出て、私のクィーンズ・カレッジの先生からもこの絵はいいと褒められたりした結果、今まで失っていた自信を取り戻し、再起の意欲がわいたのです。生活保護を受けないでホームレスを脱する方法を彼の友人が考えてくれ、この友人としばらく共に生活することで仕事も得て、平常の生活を取り戻しました。今は毎週スタジオに来て、生活するために絵を描く仕事がしたいと絵の勉強をしています。
もう一人は、スタジオから歩いてすぐのところに住む81歳で生活保護受給者のNさんです。この人はスタジオに来れば5時間でも描き続ける人で、作品を量産してくれていましたが、最近健康に問題があるのか顔を見せません。近いうちに彼の家を訪問するつもりです。
彼らは何を考えて生きているのかという私の疑問は、そのまま、展覧会で、彼らの絵や言葉を展示することで表現されましたし、私の社会や政治に対する思いも表現できました。今度は私が知ったことをより広く社会に伝えるために、若い学生さんたちとコラボレートして公園で作品を展示することを計画しています。「てのはし」でボランティアを経験した自由学園の学生さんたちです。彼らも自分たちの体験したことを若い世代に伝えたいと思っています。
今の日本は危機的な状態にあると思います。為政者は軍事費拡大や改憲をやろうとしています。この危機を救うには、市民社会で下からのムーブメントを起こすことだと私はいつも思っています。残念ながら、この危機を感じているのは高齢者層で若い世代ではありません。私は若い世代に社会のことをもっと知って欲しいので、自由学園の学生さんたちとのコラボ活動に期待を持っています。
私の活動の基本にあるのは、自分が何を考えているのかを、声にして、社会に伝えることが重要だという思いです。アートスペースでもアートスタジオでも、絵を描く基本の姿勢はそこにあります。自分の声を社会に発表して人々に考えてもらうこと。これが私のアートです。クイーンズ・カレッジのSPQは私のこの仕事を支え励ましてくれました。もまなく、この活動で大学院の学位が授与される予定です。
尾曽越理恵 Rie Osogoe
1950年山口県宇部市生まれ。高校で画家を目指して美大の油絵科に入学するも、逆に油絵には全く興味を失い、現代美術を知るために京都市立芸大の大学院に進学し、シルクスクリーン作品を手がけた。その後、25年の結婚生活で2児を育てたが、離婚してニューヨークで抽象画を描き、日米を往来しながら発表。2016年頃から日本の政治、社会の変化に気づき、社会と関わるアートを模索して現在に至る。https://www.osogoe.com/
2022.5.20
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