SEAラボブログ

クラシック音楽とアクティビズムを結びつけるNYのオーケストラ

2016年08月07日

ブラック・ライブズ・マター運動に呼応して2015年にニューヨーク市で結成されたオーケストラ、ザ・ドリーム・アンフィニッシュト(TDU)は、自らを“アクティビスト・オーケストラ”と名乗っている。アメリカのオーケストラの団員のうち、黒人演奏家の比率は2%、2015~16年のコンサート・シーズンに演奏された女性作曲家の作品は1.7%という状況のもと、TDUはマイノリティの演奏家や作曲家を前面に出したプログラムを展開している。

しかし、そのミッションは、“多様化のための多様化”ではない。オーケストラの創始者で音楽教師のウン・リーは、「メジャーな楽団は、自分たちは常にマージナルなコミュニティに手をさしのべていると宣伝しているが、実際にそのコミュニティが抱える問題には全く取り組もうとしていない。他の音楽ジャンル(ヒップホップ、ロック、ポップス)は政治的な立場を公然と表明しているのに、クラシック音楽だけ沈黙していていいのか」と、プロデューサーや音楽監督、ミュージシャン、デザイナーなどを集めて、TDUチームをつくったという。以来、人種・性別・メディア表現についての講演やディスカッションをコンサートと組み合わせた活動を展開。人権団体をサポートするイベントや、公共広場でのゲリラ演奏などを行ってきた。

INDIEGOGOでのキャンペーン#SingHerNameのUpdatesより

INDIEGOGOでのキャンペーン#SingHerNameのUpdatesより

7月13日、TDUは、サンドラ・ブランドさん(交通違反で警察に拘束され、留置場の独房で死亡した28歳の女性)の一周忌にあたって《Sing Her Name》と題するコンサートをクーパーユニオンのグレート・ホールで開催した。このコンサートは、女性の作曲家による作品だけを演奏するという画期的なプログラムで、当日は100人を超える演奏家・歌手、10人の講演者が参加し、多様なバックグラウンドを持つ700人を超える観客が集まったという。

ブラック・ライブズ・マター運動の影響力の大きさと、ソーシャリー・エンゲイジド・アート・フィールドの広がりの両方を感じたイベント。INDIEGOGOでクラウドファンディングを成功させていて、詳細は#SingHerNameキャンペーン・ページ参照。

(秋葉美知子)

クリエイティブ・タイム・サミット2016のテーマは「Occupy the Future」

2016年08月03日
クリエイティブ・タイム・サミット

Creative Timeのウェブサイトより

ニューヨークのNPOクリエイティブ・タイムの主催で、2009年から毎年秋に開催されている「クリエイティブ・タイム・サミット」。“アートと政治の交差点を探求するリーディング・コンファレンス”と主催者が自負するように、毎回、この分野をリードする何十人ものアーティスト、アクティビスト、キュレーター、ジャーナリスト、理論家たちがTEDスタイルで、実践経験や戦略、思想をプレゼンテーションする。

今年は10月14日から16日まで、11月の大統領選挙を目前に、ワシントンDCで行われる。テーマは「Occupy the Future(未来を占拠せよ)」。アラブの春からブラック・ライブズ・マターまで、世界中で直接行動による社会運動が政治状況を揺るがすなか、市民主導の戦略や草の根運動のためのプラットフォームを提供するという。

基調講演者には、ブラック・ライブズ・マターの創始者の一人、アリシア・ガルザ、世界的キュレーター、ハンス・ウルリッヒ・オブリスト、『Listen, Liberal: Or, What Ever Happened to the Party of the People?』の著者、トーマス・フランク、ジェンダークィアのパフォーマンス・アーティスト、バジナル・デイビスらが予定されている。その他登壇者のリストには、《ピストルをシャベルに》のペドロ・レイエス、エコロジー・アートの先駆者、ニュートン・ハリソン、ゲリラ・パフォーマンスでテート美術館に抗議するリベレート・テート、Agitprop!展の第3ラウンドに登場したアクティビスト・アーティスト、アンドレア・バウワーなどの名が…。詳細は、クリエイティブ・タイムのウェブサイトを参照。

(秋葉美知子)

ア・ブレイド・オブ・グラスのSEA助成

2016年07月09日

ソーシャリー・エンゲイジド・アートに特化したプロジェクト助成を行っているニューヨークのNPO「ア・ブレイド・オブ・グラス(ABOG)」の助成要件(What we fund)は、次のようになっている。

①アートがソーシャル・チェンジの触媒となるソーシャリー・エンゲイジド・プロジェクト 
②アーティストがリーダーシップをとるプロジェクト 
③コミュニティとの持続的なパートナーシップを重視する、対話に基づくプロジェクト 
④プロセスの中に、非アーティストとの共同制作が含まれる 
⑤プロダクトよりプロセスを評価する:関係性の構築と問題解決が主要な目標

この要件で選ばれた2016年の助成プロジェクトが発表されている(ABOGのウェブサイトより下表作成)。説明文だけでは全体像や、コミュニティとどのようなインタラクションがあるのかよくわからないが、ABOGは助成したアーティストを継続的にレポートしているので、これからも追いかけていきたい。

「ア・ブレイド・オブ・グラス」のウェブサイトより作成(秋葉美知子)

Agitprop!展のプロモーションビデオ

2016年07月03日
agitprop

YouTubeよりスクリーンショット

ニューヨークのブルックリン美術館で今「Agitprop!」と題するクリエイティブ・アクティビズムに焦点を合わせた展覧会が開かれている(2015年12月11日から2016年8月7日まで)。そのプロモーションビデオが公開されている。ワンカットの時間が短く、「もう少し見せて!」という感じだが、エッセンスは伝わってくる。

(秋葉美知子)

「くにたちアートビエンナーレ2015」クロージング・フォーラムの冊子が面白い

2016年06月12日
くにたちビエンナーレ冊子表紙2

くにたちアートビエンナーレ冊子の表紙

2015年3月から8月まで東京都国立市で開催された第1回の「くにたちアートビエンナーレ」は、「芸術の散歩道」創出をめざした、全国公募によるコンクール形式の野外彫刻展を柱とする珍しいスタイルの芸術祭だったが、期間中、展示会、上映会、ワークショップ、まち歩きなど多くのイベントが行われた。

その最後を締めくくった「クロージング・フォーラム」のトークセッションの記録が公開されている。2部構成で、第1部は野外彫刻展受賞者を招いての「彫刻を語る」。第2部は、彫刻家で武蔵野美術大学教授の袴田京太朗氏、『地域アート―美学/制度/日本』の編著者で文芸評論家の藤田直哉氏、現代美術家でこのビエンナーレにも参加した北澤潤氏による鼎談「地域アートと社会の関係」。日本全国アートプロジェクト百花繚乱のいま、この第2部の議論が非常にタイムリーで、問題の在処もはっきりして興味深い。ソーシャリー・エンゲイジド・アートという言葉も登場し、SEAと地域アートの関連性が語られる。なかでも示唆に富むのは、アーティスト北澤氏のこんな発言だ。

  • 独自の展開をしてきた日本での地域アートやアートプロジェクトと呼ばれるものが、欧米におけるソーシャリーエンゲージドアートの文脈では説明しきれない固有の志向性のようなものがある気がします。言ってしまえば、「アートのためのアートプロジェクト」でも「社会のためのアートプロジェクト」もない、別の価値観が胎動しているのではないかと。(P.40)
  • たとえ「アート」っていう言葉がはがれていったとしても、本質にある抽象性やわからなさを維持したままで、まるで地域の小さな祭りのように残っていくっていうのが、僕の試してみたかったことなんですね。(P.41)

トークの全文は、PDF版でダウンロードできるほか、A5版の冊子も発行されていて、くにたち市民芸術小ホールをはじめ、国立市内の公共施設や書店、市外施設などで入手(無料)できるという。

(秋葉美知子)

米国のSEA実践者育成・支援プログラムが一覧できる調査報告書

2016年05月28日

option for community arts

米国では、ますます多くのアート組織やアーティストが異分野のセクターと協働して地域の課題に取り組むようになっているが、そのための教育・訓練はどこで得られるのだろうか?

まだソーシャリー・エンゲイジド・アートという用語がなく、コミュニティ・アーツなどと呼ばれていた1970年代から、40年以上にわたって、ミネアポリスを拠点に地域に根ざしたSEA活動を続けているアートNPOインターミディアアーツと、全米の非営利芸術団体のネットワーク組織アメリカンズ・フォー・ジ・アーツが共同で、このテーマに関する実態調査を行った。

その報告書『Options For Community Arts Training & Support』には、SEAプログラムに関心を持つローカル・アーツ・エージェンシー(※)に対するアンケート調査の結果分析に加え、現在全米で行われているSEA実践者向けの訓練コースや、研修、レジデンシー、カンファレンス、ワークショップ、ツールキットから、州ごとに一覧できる大学の講座リストまで、米国のSEAを実地に学びたい人に役立つさまざまな情報が掲載されている。

全60ページのフルテキストをウェブサイトからダウンロードできる。

※ローカル・アーツ・エージェンシーとは、アーツカウンシル、アーツコミッションなどと呼ばれる地域コミュニティ(郡・市レベル)の芸術活動を支援する組織の総称。イギリスと違って、公的機関は少なく民間非営利組織の場合が多い。

(秋葉美知子)

アーティスト、メル・チンのクラウドファンディング

2016年05月22日
Kickstarterのウェブサイトより

Kickstarterのウェブサイトより

プロジェクトの目的に賛同する人々から実現に必要な資金を集めるクラウドファンディングは、ソーシャル・エンゲイジメントの一つの手段と言えるだろう。

メル・チンは、「オペレーション・ペイダート」をはじめ、さまざまなプロジェクトで環境問題に取り組んでいるアーティストだ。チンは昨年、11月30日からパリで開催されたCOP21に合わせて、地球温暖化に警鐘を鳴らすメッセージ映画「The Arctic is Paris」の撮影を計画した。この映画は、グリーンランドに住み、気候変動によってその生活と文化が脅かされているイヌイットのハンターが、7匹の白いプードルが引くそりでパリ市内を駆け抜ける場面をフューチャーする予定だった。ところが撮影の直前、11月13日にISによる同時多発テロが勃発したため、中止を余儀なくされ、予算の大半を失ってしまった。しかし彼らはあきらめることなく、クルーを縮小し、ロケ地をパリ郊外に移して撮影を完了した。キックスターターを利用したキャンペーンは、そのポストプロダクションの資金を調達するためだった(映像・音楽の編集に加え、翻訳や世界へのビデオ配布の経費を含む)。

キャンペーンは5月22日に終了し、27,000ドルの目標額は見事達成。”Doing nothing about Climate Change is the greatest risk of all.”とならないよう、映画完成後は、気候変動に関するリソースを集積するインタラクティブなウェブサイトhttp://thearcticis.org/を立ち上げる計画だとチンは言う。

クラウドファンディングでは、支援者は寄付額に応じて何らかの“お礼”がもらえることになっているが、このプロジェクトでは、北極熊の爪をあしらったお守り付きの領収書や、プードルの“足跡”付きのポートレート写真など、チャーミングなものが多数用意されていた。

(秋葉美知子)

今度は大英博物館がターゲットに

2016年05月21日
photo: Jiri Rezac / Greenpeace

photo: Jiri Rezac / Greenpeace

国際石油資本BPがミュージアムや演劇祭に資金提供していることに対する抗議運動は終わらない。

4月7日の投稿にテート美術館でのLiberate Tateのパフォーマンスについて書いたが、今度は大英博物館が標的になった。BPがスポンサーした展覧会「Sunken Cities~Egypt’s lost worlds」(5/19~11/27)の開幕に合わせて、アクティビスト演劇集団BP or not BP?と環境保護団体グリーンピースが相次いでインターベンションを行ったのだ。

「Sunken Cities」展は、1000年以上前にナイル川の河口に沈んだ(地震による液状化が原因と言われる)エジプトの2都市の遺跡から発見された工芸品を展示し、その歴史をたどる企画だ。しかし「Sunken Cities(沈んだ都市)」というタイトルの展覧会をBPがスポンサーしているというのはなんたる皮肉。都市の水没の原因は自然災害だけではない、BPの石油掘削が地球の気候変動に影響を与え、世界の多くの都市を水没の危機に直面させていると主張するアクティビストたちを刺激するものだった。

“ゲリラ・シェイクスピア”を自称するBP or not BP?は、館内の展示会場前に陣取ってシンボリックなインスタレーションと演劇的なパフォーマンスで抗議し、グリーンピースのアクティビストは、博物館入り口の7本の巨大な円柱によじ登り、ニューオーリンズ、マニラ、モルディブなど大水害に見舞われたり水没危機に瀕する都市名をプリントしたバナーを掲げた。

2つのプロテストを比べると、グリーンピースはアクロバティックで派手なアクション、BP or not BP?はコンセプチュアルで儀式的なパフォーマンスと対照的。もちろんメディア報道は圧倒的にグリーンピースが勝るが、BP or not BP?のアートワークとしての介入は、博物館へのボディブローになりそうだ。

BP or not BP?のパフォーマンスはハイパーアレジック参照。グリーンピースのアクションはインデペンデントのサイトで動画を見ることができる。

(秋葉美知子)

G.U.L.F.のゲリラ・プロジェクション

2016年05月07日

4月27日の夜、ニューヨーク、グッゲンハイム美術館の外壁にサプライジングな文字と画像が投影された。“ULTRA LUXURY ART/ULTRA LOW WAGES” “EVERY DAY IS MAY DAY” “1%”、そしてグッゲンハイム財団の理事たちの顔と名前が次々に現れ、“Tou Broke Trust”“Bad Move!”。

 

これはアーティスト-アクティビスト集団Global Ultra Luxury Faction(G.U.L.F.)と、Illuminatorによるゲリラ・プロジェクションだった。Illuminatorは、オキュパイ・ウォールストリートの運動でベライゾンビルに「99% Bat Signal」を投影したアーティスト・コレクティブである。彼らはさらに、理事会議長の住むパークアベニューのコンドミニアム前に移動し、その外壁に同じプロジェクションを行った。

アラブ首長国連邦のアブダビは、芸術と文化の楽園としてサディヤット島の大規模開発を進めていて、周辺国から多くの移民労働者を受け入れている。しかし、過大な就職あっせん料、低賃金、劣悪な居住環境、転職・離職の制限、組合活動の禁止など、搾取と人権侵害が問題になっている。そのサディヤット島にアブダビ館の建設を計画しているグッゲンハイムに対し、移民労働問題に主体的に取り組むよう求めて、アーティストやライターが2011年に立ち上げた団体がガルフ・レイバー(正式名称はGulf Labor Coalition)である。その分派グループのG.U.L.F.は、問題を可視化するために、Liberate Tateにも似た抗議パフォーマンスを行ってきた。グッゲンハイム美術館のアトリウムの床に“Meet Workers’ Demands Now”と書いた巨大なパラシュートを広げたり、2015年のヴェネツィア・ビエンナーレでペギー・グッゲンハイム・コレクションのエントランスを占拠したり…

グッゲンハイムとガルフ・レイバーは6年にわたって移民労働者の権利と適切な労働条件について交渉を続けてきたのだが、この4月16日にグッゲンハイム側が「ガルフ・レイバーの要求はアート・インスティチューションの立場でどうこうできるものではなく、これ以上話し合っても生産的でない」と、対話の打ち切りを通告してきた。このプロジェクションはそれに対するガルフ・レイバーからの返答だった。

どちらにも言い分があるようだが、この対立に失望しているのが、同美術館で4月29日から始まった展覧会《But a Storm Is Blowing from Paradise: Contemporary Art of the Middle East and North Africa》で作品が展示されているアーティストたちだ。彼らはグッゲンハイム・アブダビに期待しているからこそ、美術館にはガルフ・レイバーとの対話を継続してほしいというステートメントを即座に出した。「私たちは対話こそ最も生産的な方法だと信じる」と。

今後の成り行きが気になるが、一連の出来事をネット検索していて気づいたのは、このゲリラ・プロジェクションのニュースを報道しているのはアート系のサイトがほとんどで、メジャーなメディアは無視したらしいということ。ニューヨークタイムズも「交渉打ち切り」の記事だけだった。メジャーなメディアも「1%」の側というわけか?

詳しいレポートと画像は、ハイパーアレジックを参照されたい。

(秋葉美知子)