多様性と包摂をテーマとした野外展覧会が検閲を受け、開催を中止に
ダイバーシティ、エクィティ&インクルージョン(多様性、平等、包摂:略称DEI)の考え方は、米国では主流になっているだろうと思いがちだが、保守派の強い地方では決してそうではない。
「プロジェクト紹介」のページで紹介した、フロリダ州サラソタを拠点に活動しているNPOエンブレイシング・アワ・ディファレンスは、毎年開催している野外展覧会を、今年度はベイフロント公園での展示終了後、2会場に巡回展示する予定だった。ところが、2023年4月26日から開催を予定していたフロリダ州立カレッジ・マナティ・サラソタ校(SCF)から、3点の作品を展示から外すよう求められた。その背景には、来年の大統領選挙に共和党から出馬が予想される反リベラルの保守派で中絶には反対の立場をとる、ロン・デサンティス、フロリダ州知事が、公立の大学にDEIと批判的人種理論に関するプログラムを設置させないという計画を発表したことがあった。
問題になった作品は、ボクシンググローブをはめた黒人少年を中央に、公民権運動の指導者ジョン・ルイス、BLM(Black Lives Matter)の文字などを配したコラージュ《Good Trouble》(Clifford McDonald作)、妊娠中の女性が男性グループに「私たちは自分の体について声を上げられないの? 」と尋ねる様子を描いた《Body & Voice》(Diego Dillon作)。そして、世界各地の仮面を大木の下に配した《Being Different Gives the World Color》(神戸在住のアーティスト、Taira Akiko Hiraguri作)は、この作品に添えられたメッセージに“Diversity and inclusion”という言葉が含まれている。
この明らかに政治的な検閲に際して、EODの理事会は、大学側の要求は組織のミッションに反するとして、全員一致でSCFでの展覧会をキャンセル。代替の開催地を検討しているという。
2023.3.9(秋葉美知子)
ニューヨーク市政府の「パブリック・アーティスト・イン・レジデンス(PAIR)」
ニューヨーク市の文化局(DCLA)が主導するパブリック・アーティスト・イン・レジデンス(PAIR)は、課題を抱える市政府の部局にアーティストを組み入れて、創造的な解決策の提案・実現につなげようというプログラムだ。日本でも、アーティスト・イン・レジデンス(AIR)の施設や事業は増えており、情報サイトAIR_J(エアージェイ)のレジデンス一覧には88件がリストアップされ、自治体が芸術振興や地域づくりのために支援している事例も少なくない。しかし、市役所の期間業務職員のようなかたちでアーティストを起用するニューヨーク型のプログラムは今のところないと思われる。
PAIRは、トム・フィンケルパール氏が文化局長官だった2015年に創設された。そのルーツは、フェミニスト・アーティストのミエル・ラダマン・ユーケレスが日常的なメンテナンス労働をアートへと転換したパフォーマンスをきっかけに、1977年、ニューヨーク市衛生局(DSNY)が彼女を(無給の)アーティスト・イン・レジデンスに任命したことに遡る。その経緯については、『ア・ブレイド・オブ・グラス』第2号の「 パートナーとしての市:行政機関とコラボレートする3人のアーティスト」を参照されたい。
DCLAのウェブサイトには、PAIRの概要が次のように記されている。
PAIRは、アーティストが創造的な問題解決者であることを前提としています。アーティストは、コミュニティの絆を築き、双方向の対話の回路を開くために、オープンエンドなプロセスで協働し、その活動を体験する人々に新しい可能性が生まれるよう、現実を再想像することによって、長期的かつ持続的なインパクトを与えることができるのです。
DCLAとパートナーを組む市の部局は、一連の対話を通じて、その部局が重点的に取り組みたい対象者、課題、目標などを決めていきます。DCLAは、長官レベルの支援を得て、アーティストを公募、あるいは、芸術的な卓越性とレジデンスで扱う特定の社会問題に対する知識を有することに基づいて、アーティストを推薦します。最終的なアーティストの選定は、両部局が連携して行います。
それぞれのPAIRは、最短1年間です。レジデンスはリサーチ段階から始まります。その期間、アーティストは部局でスタッフと会い、業務や構想について学び、また一方で自らの芸術の実践とプロセスをスタッフに紹介します。こうしてアーティストは、部局とのパートナーシップで実施する1つ以上の公開参加型プロジェクト提案。こうしてリサーチ段階は終了し、実施に移ります。アーティストには報酬が支払われるほか、部局内のデスクスペースやDCLAのMaterials for the Arts(*)の利用なども可能です。
現在、PAIRの原点となったDSNYでは、プリントメイキング、インスタレーション、パフォーマンスなどを手がけるアーティスト、ストゥ・レン(sTo Len)がレジデントとして活動している。彼は、巨大な要塞のような衛生局中央修理工場の中にある、かつて同局の注意喚起やルール周知の看板やポスターがスクリーン印刷されていたスタジオを拠点に、Office of In Visibility (OOIV)プロジェクトを立ち上げた。このスタジオに眠っていた機材や資料を再利用、アーカイブしながら、DSNYのビジュアル表現の歴史と積極的にコラボレーションし、独自の新しいシリーズを創作している。実は、彼は2021-22年のレジデント・アーティストとして指名されたのだが、自らの希望で期間延長し、アーカイブをさらに充実させて、DSNYの歴史と進化を市民に伝えようとしている。レンのこれまでの活動は、Hyperallergicの記事に詳しい。
ちなみに、2022-23年の期間、PAIRを受け入れている部局は、
Department of Design and Construction(設計・施工局)
Department of Homeless Services(ホームレス対策局)
NYC Health + Hospitals(NYCヘルス+ホスピタル)
Office for the Prevention of Hate Crime(ヘイトクライム防止対策室)
いずれの部局も緊急の課題がありそうなので、アーティストたちがどのようなアイディアで取り組むのか、注目したい。
(*)企業や個人から寄付を受けた、再利用可能な素材(紙、布、ペンキ、文具、工具、家具など)を、芸術プログラムを行うNPO、ニューヨーク市の公立学校、市の部局に無料で提供するリユースセンター。
2023.2.23(秋葉美知子)
私のソーシャル・プラクティス(2)―アート・スタジオ大山の活動と公園での野外展覧会
アーティスト尾曽越理恵(おそごえりえ)さんの活動は、2022年5月20日の本ブログで紹介しましたが、その後も彼女は社会を変える一歩として、自らのソーシャル・プラクティスを続けています。手応えと課題の両方を感じたその経験と、今の思いをエッセイに書いていただきました。
去年の5月から始めた池袋の公園での炊き出しアートスペースを発展させた場所として、今年(2022年)の3月から板橋区に「アート・スタジオ大山」を創設し、半年余りが経ちました。スタジオには炊き出しに参加する人ばかりでなく、精神疾患を持つ人や休職中の人、生活保護受給者や高校中退者など、社会に幅広く存在する生きにくさを感じている人たちが定期的に集まり、独自の個性的な作品制作をしています。利用者の人たちは皆、意欲を持って創作に励んでいます。精神疾患で高校を中退せざるを得なかった女性は「スタジオに行ける日が楽しみです。学校に行けなかった私にとって、とてもいい場所なので」と言っています。
10月22日に、炊き出しアートスペースとスタジオの両方で描かれた作品の展覧会を公園で開催しました。今年の展覧会は去年の東京芸術劇場のギャラリーとは違って、野外の公園で行いました。ホームレス支援団体「てのはし」による炊き出しが行われている東池袋中央公園です。野外で行うアイデアは自由学園の生徒さんたちが考えたものです。池袋に来る若い人たちを呼び込みたいということからでした。しかし予定していた生徒さんたちとのコラボレーションは8月末に頓挫してしまい、展覧会のタイトルと開催場所を決めたまま、残念ながら彼らはこのプロジェクトから引き揚げてしまいました。自由学園で参加予定だった9人の生徒さんたちは音楽や絵画に対する意欲はあっても、社会に対する意識を持つことは難しかったようです。
展覧会には12人が参加し、全部で42点の作品を展示しました。それを約100人の観客の方に見ていただきました。作品にはキャプションを付けて作者の意図や作者自身の言葉を紹介しました。たとえば社会的弱者の目から見た今の社会を批判する言葉などです。また対話カフェを設置して椅子を置き、小さなペットボトルのお茶を配って、観客と作者との対話を促しました。公園で展示することで、ギャラリーには来ない人や、たまたま立ち寄って興味を持った人にも見てもらうことができました。
「これまでこういうことを意識して生活していなかった、大変な人がいるのだとわかった」と言う人。また「個性的だと思った、自由に描いて圧倒された。私もやってみたい」「書いてある文に共感した、私も障害者でこういうことを思っている」という感想をいただきました。中には小田原から2時間かけて見に来たという方もいて、ご自身の息子さんも精神障害者で「共感することが多く、力づけられた。2時間かけて来て良かった」と言って帰られました。また、ある新聞社の方に「なかなかない催しだ」と言われたことも印象に残りました。
今年の展覧会も準備や片づけはスタジオのメンバーとボランティアで素早くやり、案内状やお茶を配るなどして特別に良く働いてくれたメンバーもいました。この展覧会では作品を見せるだけでなく社会で見落とされがちな人たちが何を思い考えているかということを重視して、それを社会に発信することが大きな目的でした。 こうした現状を知って、考えてもらうことは現状を批判し常識とされていることを問うことでもあり、社会を変えることへの一歩であると思います。それこそが私のソ-シャル・プラクティスです。日本では社会や政治に目が行く人は少数のような気がします。そんななかでも、私は今後も自分のコンセプトをゆるぎなくやっていきたいと思っています。
尾曽越理恵 Rie Osogoe https://www.osogoe.com/
2022年11月9日
ICOMプラハ大会、ミュージアムの定義を更新
ミュージアムとは何か? 2019 年 9 月の ICOM (国際博物館会議/International Council of Museums)京都大会において、時代に即したミュージアムの新しい定義が提案されたものの、その内容が論議を呼び、採決延期になったことはこのブログでも紹介したが、その後も改訂に向けた作業は継続され、今回のプラハ大会の臨時総会で、新提案が賛成多数で承認された(賛成487、反対23、棄権17)。
以下、2007年に更新された現行の定義、2019年に提案されたが採択されなかった定義、今回承認された最新の定義を比較してみよう。
①【2007年~】
A museum is a non-profit, permanent institution in the service of society and its development, open to the public, which acquires, conserves, researches, communicates and exhibits the tangible and intangible heritage of humanity and its environment for the purposes of education, study and enjoyment
ミュージアムは、社会とその発展のために奉仕する、非営利で常設の、一般に公開される機関であり、教育、研究、楽しみを目的として、人類とその環境の有形および無形の遺産を取得、保存、調査、伝達、展示する。
②【2019年の提案】
Museums are democratizing, inclusive and polyphonic spaces for critical dialogue about the pasts and the futures. Acknowledging and addressing the conflicts and challenges of the present, they hold artifacts and specimens in trust for society, safeguard diverse memories for future generations and guarantee equal rights and equal access to heritage for all people.
Museums are not for profit. They are participatory and transparent, and work in active partnership with and for diverse communities to collect, preserve, research, interpret, exhibit, and enhance understandings of the world, aiming to contribute to human dignity and social justice, global equality and planetary wellbeing.
ミュージアムは、過去と未来について重要な意味を持つ対話のための、民主的、包摂的かつ多声的な空間である。ミュージアムは現在の対立や課題を認識し、それらに取り組みつつ、社会の委託のもと、人工品や[動植物・鉱物などの]標本を保管し、将来の世代のために多様な記憶を守るとともに、すべての人々のために、遺産に対する平等な権利と平等なアクセスを保証する。
ミュージアムは営利を目的としない。ミュージアムは参加型で透明性があり、多様なコミュニティと積極的に連携して、世界に関する知識を収集、保存、研究、解釈、展示、強化し、人間の尊厳と社会正義、世界の平等、健全な地球に貢献することを目指している。
③【2022年8月に承認された新定義】
A museum is a not-for-profit, permanent institution in the service of society that researches, collects, conserves, interprets and exhibits tangible and intangible heritage. Open to the public, accessible and inclusive, museums foster diversity and sustainability. They operate and communicate ethically, professionally and with the participation of communities, offering varied experiences for education, enjoyment, reflection and knowledge sharing.
ミュージアムは、有形および無形の遺産を研究、収集、保存、解釈、展示する、社会に奉仕する非営利の常設機関である。ミュージアムは、一般に公開され、アクセスしやすく、包摂的であり、多様性と持続可能性を育む。ミュージアムは、倫理的、専門的に、そして地域社会の参加を得ながら運営とコミュニケーションを行い、教育、楽しみ、省察、知識共有のためにさまざまな体験を提供する。
①に比べて倍以上の語数で作成された②の提案は、社会問題に向き合う姿勢や多様な人々との関係性を強調し、「socially engaged museum」とも呼べそうなミュージアム像が含意されていた。ミュージアム・アクティビズムの考え方を反映したこの定義は、多くの(保守的?)ミュージアムにとっては採用が難しかったという。今回の改訂は、現行の定義に沿いながら、「インクルーシブ」「ダイバーシティ」「サステナビリティ」「コミュニティ」などの時代に寄り添った言葉を加え、どんな館にとっても無理のない、最大公約数的定義になったと言えるだろう。
②の提案からは後退した感が否めないが、今日のミュージアムの在り方を、運営者だけでなく利用者の私たちも、今一度考え直す機会になればと思う。
2022.8.27 (秋葉美知子)
ABOGの創設者デボラ・フィシャーがエグゼクティブ・ディレクターを辞任
ニューヨークを拠点に、ソーシャリー・エンゲイジド・アートに特化した支援で知られるNPO、ア・ブレイド・オブ・グラス(ABOG)が大幅に組織をリストラし、活動を縮小したことを2020年10月7日付の本ブログで紹介したが、今度は、創設者でエグゼクティブ・ディレクターのデボラ・フィシャーが5月31日をもって辞任し、自身の創造活動に専念するというアナウンスがあった。新しいリーダーにソクラテス彫刻公園の暫定エグゼクティブ・ディレクターを務めていたスージー・デルヴァールを迎えて、組織を継続、成長させていくという。
2年前、コロナ危機で組織の予算が蒸発していく中、社会的価値を追求する非営利文化機関はどのようにして活動を継続するかについて、非常に前向きに語っていた彼女が、どのようにこの決断に至ったのかはわからないが、ABOGのウェブサイトに掲載されたデボラ自身のメッセージの一部を紹介することで、彼女の今後の活躍とABOGの再始動に期待したいと思う。
私はA Blade of Grassを、そして私たち全員がこの11年間に成し遂げてきた素晴らしい仕事をとても誇りに思っています。私たちは、ソーシャリー・エンゲイジド・アートに特化した唯一の全米規模の非営利団体で、社会変革のためにコミュニティで活動するアーティストのニーズに合わせて柔軟に対応できる独自の資金調達構造を作り上げ、維持してきました。ABOGフェローシップを通じて、私たちは60以上のアーティスト主導のプロジェクトと協働し、海外のオーディエンスにも届くプログラム、コンテンツ、リサーチを生み出し、社会正義の目標に向かって活動するアーティストの価値を明確に示してきました。そして私たちは、インスティチューションとして、常に自分たち自身がソーシャリー・エンゲイジド・アーティストであるかのように振る舞おうとしてきました。
……………………………………………
私は、公共的、社会的な活動に焦点を合わせたアーティストとして、また、常に実践の共同体に属してきた者として、A Blade of Grassに参加しました。A Blade of Grassは、人々が集まって、美しくかつ意図的な何かを行う力を、私がどれほど信じているかの証明です。この11年間、創造的実践者たちの広大で国際的なネットワークを構築してきましたが、今こそ、よりローカルに、私自身のクリエイティブな人生とより直接的に結びついた形で活動する時期が来たのだと思います。2001年から合気道を本格的に学んでいる私は、道場を開いて武術を教え、武術家のコミュニティを作ろうと思っています(※)。また、私自身の芸術実践としては、2014年から占いの技術を研究していますので、占星術を深める時間を持つことを非常に楽しみにしています。
※デボラ・フィシャーは、ABOGマガジン第4号に掲載のエッセイ「A Tale of Two Dojos: An Allegory About Institutional Integrity」で、合気道の道場文化に言及している。
2022.6.7(秋葉美知子)
私の ソーシャル ・ プラクティス ― 公園の炊き出しアートスペースからスタジオ創設まで
2021年10月15日付の本ブログで紹介した、ニューヨーク市立大学クイーンズ校のMFAプログラム「ソーシャル・プラクティス・クイーンズ(SPQ)」で学んだ日本人アーティスト、尾曽越理恵さん。コンセプチュアルな作品制作から現場での実践、そして新しい場を開くまで、自身の活動を振り返るエッセイを紹介します。
私は2020年秋から22年春までの2年間、ニューヨーク市立大学クイーンズ校の大学院プログラム「SPQ:ソーシャル・プラクティス・クイーンズ」に在籍しました。それまでは広島に落とされた原爆について、国民の立場からそれをどう捉えたかということをテーマに作品シリーズを創ってきました。
ホームレス問題に取り組む直接のきっかけは、キングスボロ・コミュニティ・カレッジの美術館で開催される、ホームレスをテーマとした企画展「Unhomeless NYC」の作品公募に応募したことでした。
私はまず、日本のホームレス問題はどうなのかということを考えました。なぜなら私はグリーンカードもなくただの学生ビザの留学生で、学業を終えてもニューヨークに滞在するつもりもありませんでしたので、自国のことを考えるのは当然だと思い、またそれを大学は許してくれました。調べてみると、日本のホームレス問題もアメリカ同様に酷いものだと感じました。特に、ネットカフェに滞在する隠れホームレスが一日4,000人もいるということに衝撃を受けました。彼らは何を考えて生きているのだろうか。それを知りたくて「てのはし」という炊き出しの主催団体に連絡を取り、取材の許可を得ました。
2020年の年末に帰国し、21年の1月から、月2回の土曜日、池袋の公園で行われている「てのはし」の炊き出しに通いました。そこには無料のお弁当を手にするために人々の長い列ができていて、私はそこで列を回りながら人々の話を聞きました。そしてそれをスタジオワークの2Dや3Dの作品にしましたが、やがて作品としてモノを創ることよりも、もっと大切な、この人々との関わりをどう発展させたらよいのか考えなくてはいけないと気づきました。炊き出しの列で絵を描くのがとても好きな老人と出会ったことが、この場にアートスペースを創設するきっかけとなりました。5月に「てのはし」の許可をもらい、公園の一角にアートスペースを開き、手作りのチラシを配って参加者を募りました。アートスペースには、絵を描くことに興味を持つ人、何か意見が言いたい人、お弁当配布までの時間をつぶす人などが集まり、絵やテキストを描きました。たくさんの人との出会いがありました。
そうしてできた作品を2021年11月にギャラリーで展示しました。同じ池袋にある東京芸術劇場の地下にある画廊です。ここはホームレスの人たちがよく行く場所です。展覧会タイトルは「聞かれてなかった声に耳を澄ませる」としました。
「展示作業には報酬を出します」と言って、公園のアートスペースに来ていた人たちから手伝ってくれる人を募集しました。常連さん中心に、本当にお金に困っている人たちが集まりました。彼らはよく働いてくれてスムーズに作業ができました。同時に、お昼ご飯を共にして話を聞くと、個々の人がどういう生活しているのか、どう感じて生きているのかが、アートスペースのときよりもよくわかりました。
共に一つの目的に向かって一緒に働いた仲間のような連帯感もでき、この経験が後のアートスタジオ作りの原動力となりました。
2022年3月に、板橋区の大山駅からほど近い場所に「アートスタジオ大山」を創設しました。このスタジオができるのを今か今かと待っていた公園のアートスペース参加者が二人います。
その一人が元ホームレスの路上太郎(仮名)さん。アートスペースの常連だった彼は、展示作業まで手伝った結果、ホームレスから脱することができました。彼は生活保護だけは絶対受けたくないと、私の勧めにもかかわらず、ずっとホームレスでいたのですが、元々絵が好きで以前から独学で絵を描いていました。アートスペースで描いた彼の絵がテレビや新聞に出て、私のクィーンズ・カレッジの先生からもこの絵はいいと褒められたりした結果、今まで失っていた自信を取り戻し、再起の意欲がわいたのです。生活保護を受けないでホームレスを脱する方法を彼の友人が考えてくれ、この友人としばらく共に生活することで仕事も得て、平常の生活を取り戻しました。今は毎週スタジオに来て、生活するために絵を描く仕事がしたいと絵の勉強をしています。
もう一人は、スタジオから歩いてすぐのところに住む81歳で生活保護受給者のNさんです。この人はスタジオに来れば5時間でも描き続ける人で、作品を量産してくれていましたが、最近健康に問題があるのか顔を見せません。近いうちに彼の家を訪問するつもりです。
彼らは何を考えて生きているのかという私の疑問は、そのまま、展覧会で、彼らの絵や言葉を展示することで表現されましたし、私の社会や政治に対する思いも表現できました。今度は私が知ったことをより広く社会に伝えるために、若い学生さんたちとコラボレートして公園で作品を展示することを計画しています。「てのはし」でボランティアを経験した自由学園の学生さんたちです。彼らも自分たちの体験したことを若い世代に伝えたいと思っています。
今の日本は危機的な状態にあると思います。為政者は軍事費拡大や改憲をやろうとしています。この危機を救うには、市民社会で下からのムーブメントを起こすことだと私はいつも思っています。残念ながら、この危機を感じているのは高齢者層で若い世代ではありません。私は若い世代に社会のことをもっと知って欲しいので、自由学園の学生さんたちとのコラボ活動に期待を持っています。
私の活動の基本にあるのは、自分が何を考えているのかを、声にして、社会に伝えることが重要だという思いです。アートスペースでもアートスタジオでも、絵を描く基本の姿勢はそこにあります。自分の声を社会に発表して人々に考えてもらうこと。これが私のアートです。クイーンズ・カレッジのSPQは私のこの仕事を支え励ましてくれました。もまなく、この活動で大学院の学位が授与される予定です。
尾曽越理恵 Rie Osogoe
1950年山口県宇部市生まれ。高校で画家を目指して美大の油絵科に入学するも、逆に油絵には全く興味を失い、現代美術を知るために京都市立芸大の大学院に進学し、シルクスクリーン作品を手がけた。その後、25年の結婚生活で2児を育てたが、離婚してニューヨークで抽象画を描き、日米を往来しながら発表。2016年頃から日本の政治、社会の変化に気づき、社会と関わるアートを模索して現在に至る。https://www.osogoe.com/
2022.5.20
ウクライナ避難民を支援するワルシャワの美術館
2022年2月24日にロシアがウクライナに侵攻して以来、ポーランドは240万人を超える避難民を受け入れており、その幅広い支援の様子がしばしば報道されている。文化施設も例外ではない。ワルシャワ近代美術館は、アーティスト・コレクティブBlyzkist(ブライズキスト)とのコラボレーションで、ワルシャワ中央駅にほど近い美術館本部の一階を避難民のための空間に変え、“サンフラワー”連帯コミュニティ・センターと名付けた。当初は、毎日ここにボランティアが集って数千食のサンドイッチを作り、衛生用品などとともに難民シェルターに届けたり、おもちゃを用意して行き場のない子どもたちを遊ばせたり、ポーランドの身分証明書を取得するためのポートレート写真を無料で撮影したりと、緊急支援をしていたが、現在は、避難民が参加できるワークショップや教育プログラムへと活動を発展させている。
こういった迅速な対応には驚くが、調べてみると、ワルシャワ近代美術館の難民支援は今に始まったことではなかった。ポーランドで20年にわたって難民・移民の支援をしているオツァレニエ財団(オツァレニエとはポーランド語で救済の意)、ワルシャワ美術館友の会との共催で、2017年から「Refugees Welcome」と題するチャリティ・アートオークションを開催してきている。アーティストから作品の提供を受け、その収益金はオツァレニエ財団が実施している難民への住居提供や就職支援事業、外国人ヘルプセンター運営の資金に充てられる。過去5回のオークションで、203人のアーティストが提供した285点の作品が落札され、784,000PLN(約2,350万円)のファンドレイジングができたという。
2022年のRefugees Welcomeは、4月8日から5月15日まで、アーティストから寄付された作品に加えて、現代の移住の物語を展開する作品展で構成され、オークションでは、ポーランド国内外の70人を超えるアーティストの作品が販売される予定だ。
2022.4.7(秋葉美知子)
ターナー賞2021は、北アイルランドのアクティビスト・アーティストコレクティブが受賞
1984年にテート・ギャラリーによって創設され、50歳以下の英国人もしくは英国在住の美術家に対して贈られる「ターナー賞(Turner Prize)」は、現代美術の世界ではもっとも重要な賞のひとつとして、毎年注目されている。
2021年の同賞は、ファイナリストに選ばれた5組が全て、地域のコミュニティと密接かつ継続的に活動し、アートを通じてソーシャル・チェンジを目指すアーティストコレクティブだということが話題となっていた。審査の結果、北アイルランドのベルファストを拠点とするアレイ・コレクティブ(Array Collective)が、「シビン」と呼ばれる無許可のパブを模した空間にさまざまな抗議運動のバナーを張りめぐらしたインスタレーションで受賞したことは、すでにいろいろなメディアで紹介されているのでご存じの方も多いだろう。
ここでは、彼らが受賞直後にFacebookに投稿したステートメントを紹介したい。
アレイ・コレクティブは、北アイルランドのアートとアクティビズムのエコロジーに光を当てる機会を与えられたことに、とても感謝しています。ノミネートされてからしばらくは、信じられない気持ちでいっぱいでした。しかし、世界的なパンデミックの中、アレイ・コレクティブとベルファストの仲間たちが、お互いに有意義で思慮深いことをするために、新たな一歩を踏み出す機会を得たことはとても幸運でした。
私たちが作品をつくり、私たちのアートが社会運動を後押しするのは、自分たちがより大きなものの一部になれば、集団的な利益のために問題を先に進められることを、目の当たりにしてきたからです。しかし私たちは知っています。私たちが重要な成果をあげたとしても、まだ周縁に取り残されている人々がいることを。
妊娠中絶は非犯罪化されましたが、それを受けることは北アイルランド議会によっていまだにブロックされています。HIV治療やトランスジェンダーのヘルスケア、LGBTの包摂、同意に基づいた性と人間関係の教育へのアクセスは、まだまだ惨めなものです。コンバージョン・セラピー[同性愛者やトランスジェンダーに対して、異性愛者に“矯正”または“転換”させるために行う一連の行為]は直ちに禁止する必要があります。
プロテスタントやカトリックの信条に縛られない学校の入学定員は何万人も不足しており、国民はより多くの統合教育[障害児と健常児を同じ場所で教育すること]を望んでいるのに、国会は実現しようとしません。
アイルランド語は、奪われたアイデンティティの再確立の中心にあり、今すぐ行動する必要があります。
紛争を経験した世代のトラウマは自殺につながり、自殺率は英国の他の地域より25%以上も高くなっています。それでもメンタルヘルスに対する助成金は最低です。
上級大臣たちは、気候保護のためのグリーンな未来政策に耳を塞ぎ、議会が開かれない丸3年の混乱にもかかわらず、私たちが賛成しなかったBrexitのために、[通商]合意を撤回する脅威が去っていません。
それでも、私たちは粘り強く、誇りをもって集い、互いに高め合いながら、誰もが直面するかもしれない障壁を壊そうとしているのです。私たちは、厳しい社会情勢にもかかわらず、ベルファストで行われている仕事とケアをとても誇りに思っています。ですから、私たちの小さな「シビン」は、愚か者とトラブルメーカーの仲間たちためのオマージュであり、休憩所です。私たちは皆さんに敬意を表します。
ボリス・グロイスの言うように、現代美術の特徴が「国際性と普遍主義(internationalism and universalism)」だとすれば、アレイ・コレクティブはじめ最終選考に残った5組は、それとは真逆のロケーション・スペシフィック、イシュー・オリエンテッドな実践によって、現代美術の今を象徴するターナー賞を受賞した。この結果に対して、美術評論界から「ファイナリスト選定の段階から、今年度のターナー賞は、その“価値”リストの中で“美的達成” をかなり軽視していた」「アレイのインスタレーションは芝居のない舞台装置のようで、芸術的な意味は薄い」などという声があがったのも当然かもしれない。しかし、アート作品はさまざまな価値を持ち、その評価は「美学」の視点のみでなされるべきではない……そういった考え方は、ソーシャリー・エンゲイジド・アートが世界のさまざまなコミュニティで実践され、インスティチューションに認知されるとともに、アートワールドでも主流になってきたように思う(たぶんテートはその先導者だろう)。受賞の喜びより、自分たちの立ち位置を明らかにするアレイ・コレクティブのステートメントからは、改めてアートの意味や在り方を考えさせられる。
2022.2.5(秋葉美知子)
グレゴリー・ショレット教授のゼミナール・サイトはSEA研究資料の宝庫
アメリカにはソーシャリー・エンゲイジド・アート(あるいはソーシャル・プラクティス)を学べる大学のプログラムが数多くある。ニューヨーク市立大学クイーンズ校とクイーンズ美術館とのパートナーシップによって2012年に創設されたMFAプログラム「ソーシャル・プラクティス・クイーンズ(SPQ)」も代表的な一つだ。SPQの創設者の一人で、現在も教鞭を執っているグレゴリー・ショレット教授はアーティスト/アクティビストであり、著書や講演も多く、SEAやアート・アクティビズムの分野の論客の一人として知られている。
そのショレット教授は、現在、2021年秋学期の「History & Theory of Socially Engaged Art」と題するゼミを開講中だ。
ゼミの目的は、次のように記されている。
最近、ますます多くのアーティスト、キュレーター、評論家が、新しいタイプの参加型ソーシャリー・エンゲイジド・アート制作に力を注いでいる。これまで周縁化されていたものが、今では主流となり、美術館やビエンナーレはもとより、ストリートなどの公共空間でも注目されている。
このセミナーの目的は、ソーシャル・プラクティス・アートの理論と実践を調査研究し、批評し、歴史化することである。そこには、パフォーマンス、都市研究、環境科学、その他の社会活動関連の学問分野の中で、あるいはそれらの分野を越えて活動する、アクティビスト、インターベンショニスト、パブリック/参加型/コミュニティベースのアートも含まれる。
このクラスでは、次のような問いに焦点を当てる。
なぜソーシャル・プラクティス・アートの歴史と理論を理解することが有用であり、また必要なのか? ソーシャル・プラクティス・アートの歴史的ルーツはどこにあるのか? それは美術史の中にあるのか、外にあるのか、あるいは2つの領域をまたぐものなのか? 「ソーシャル」とは何か? ますます私有化が進む社会において、どのように公共圏の概念を定義し、その中で行動するのか? また、新進アーティストによるソーシャリー・エンゲイジド・アートへの関心の高まりに対して、メインストリームとオルタナティブの両タイプの文化機関はどのように対応しているのか?
講義、文献読解、ディスカッション、研究発表を通して、社会に関与する視覚文化とアーティストの役割の変化を、歴史的、イデオロギー的、批評的な枠組みの中で位置づける。可能であれば、ゲストスピーカーとの対話やオフサイト訪問も実施する。
SEAを学ぼうとする者にとってはぜひ受けてみたい授業だが、このショレット・ゼミナールは誰でもアクセスできるサイトが設けられており、ここまで公開していいのかと思えるほど情報満載だ。シラバスはもちろん、そこにあげられた必読文献・参考文献はpdfファイルまたはウェブページへのリンクが記され、学生は図書館で探したり、ネット検索する必要はない。たとえば、ルーシー・リパードの有名な「Six years: the dematerialization of the art object from 1966 to 1972」が本をスキャンしたpdfで読める。また、シラバスの8月31日にあるSome origin stories about socially engaged artをクリックすると、ショレット教授によるプレゼンテーションのスライド画面(113ページ)を閲覧できる。
授業の一環として、ゲストスピーカーとのセッションが行われると、その動画が数日後にアップされる。9月27日にクイーンズ美術館で行われた1時間にわたるスザンヌ・レイシーと学生とのディスカッションも、早速シェアされていた。
ページをスクロールしての最後に出てくる「Additional (Optional) Readings」の「Socially Engaged Art Reader」をクリックすると、なんと571ページに及ぶ参考資料のコンピレーションがpdfで現れ、これはダウンロードするしかないと思わせられる。
過去のゼミのアーカイブもあり、興味深い資料が山ほど埋蔵されている。この森に分け入ると出られなくなるようなサイトだ。
2021.10.15(秋葉美知子)
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