SEAラボブログ

クリエイティブ・プレイスメイキングを支援するArtPlace

2016年12月19日

artplace「クリエイティブ・プレイスメイキング」は、2010年に経済学者アン・マークセンとアート・コンサルタントのアン・ガドワが作り出した言葉だが、最近のまちづくりのキーワードになっているようだ。ごく簡単に言えば、芸術文化を計画のコアに置いた、地域コミュニティの総合開発のことである。

全米各地のコミュニティで試みられるクリエイティブ・プレイスメイキングに潤沢な助成をしているプログラムがある。ArtPlace America(通称ArtPlace)による「National Creative Placemaking Fund」がそれだ。全米芸術基金(NEA)の元議長ロッコ・ランデスマンの発案により、NEAや住宅都市開発省をはじめとする連邦政府機関と著名な民間財団、さにら大手金融機関のコラボレーションによって2011年に創設され、これまで256のプロジェクトに7,770万ドルの投資をしている(grant ではなくinvestmentという言葉が使われている)。1件当たり平均30万ドル。競争率は非常に高く、2016年度では、応募1,400件に対し、採択はわずか29件だった。

芸術文化をコアに置いているとはいえ、クリエイティブ・プレイスメイキングの主目的は経済的な地域活性化で、市街地を舞台に、ジェントリフィケーションの後押しをしているケースも多いだろうと私は思っているのだが、先日発表された2016年度の採択事例を見ると、大都市ではない地方のプロジェクトが3割を占め、都市型でも地域住民の日常生活に関わる問題に取り組むプロジェクトが含まれている。「プレイスメイキング」でくくられる活動は、地域的にも内容的にも広がっているようだ。

%e3%83%9e%e3%83%83%e3%82%b3%e3%83%bc%e3%83%ab%e3%82%bb%e3%83%b3%e3%82%bf%e3%83%bc

McColl Center for Art + Innovation

なかでも目を引いたのは、ノースキャロライナ州シャーロットのMcColl Center for Art + Innovationが、高層住宅やオフィスビル開発計画の進むノース・トライオン・エリアの中にあるホームレス支援施設の移転問題に関連して、シャーロット市や関係組織とともに取り組むプロジェクト「二都物語(A Tale of Two Cities)」だ。私は以前このアートセンターを訪問したことがあるのだが、1926年に建てられたゴシック・リバイバル様式の元教会を改装して1999年にオープンした施設で、アーティスト・イン・レジデンスを中心に、展覧会、ワークショップなどを通して、現代アートと地域コミュニティを結び付ける活動を行っている。今回のプロジェクトは、ジェントリフィケーションとホームレスという、多くの都市で問題になっている衝突に、アートが創造的に介入することによってどのような展望が生まれるのか、非常に興味深い。

(秋葉美知子)

選挙とアート

2016年11月11日

史上最悪の泥仕合と評された先日の米国大統領選挙。これだけ激しい選挙戦が繰り広げられたからには有権者の投票率も高かっただろうと思うが、意外にそれほどでもなく、57.6%だったという(United States Elections Projectの推計による )。米国では18歳以上の米国籍者すべてに選挙権があるが、本人が自己申告で選挙人登録をしなければ実際に投票することはできない。そして有権者の23%がさまざまな理由で選挙人登録をしていない。「選挙に行こう」というキャンペーンやサポートの重要性は日本だけではないのだ。

アメリカのアーティストやアート組織は日本に比べてはるかにポリティカルな活動に積極的だが、今回の大統領選挙と連邦議会選挙においても、市民の政治参加を促進するためのさまざまな活動を全米各地で行っていた。(参考記事:Animating Democracy November 2016 E-News

フィラデルフィアのパブリック・アート・プロジェクト「Next Stop: Democracy!」は、投票所の場所が分かりにくく、サインも目立たないことが投票率に影響しているとして、60人のアーティストに“Vote Here/Vote Aqui”と英語とスペイン語で書いた大型看板の制作を依頼、投票所の前に掲げた。カリフォルニア州では、コーナーストーン・シアター・カンパニーやイエルバ・ブエナ・アート・センターなど4つのアート組織が自分たちの建物を投票所として提供。ノースキャロライナ州ウィンストン・セーラムでは、アーツカウンシルが野外パーティを開いて、若者に選挙人登録を呼びかけた。

toolkit

USDAC Super PAC

「米国芸術文化省(USDAC)」と名乗るアーティストや文化関係者たちの草の根アクション・ネットワークは、特定の候補者のために選挙資金を集めて支援活動を行う団体「スーパーPAC(Political Action Committee)」をもじった「USDAC スーパー P・A・C(Participatory Arts Coalition)」というプロジェクトを立ち上げ、市民レベルで民主主義を実践するさまざまな参加型イベントの事例とハウツーを紹介している。たとえば、芝生の前庭に、支持する候補者の名前ではなく自分の信じる価値観(Respect、Effort、Loveなど)を書いたサインを立てる“Lawncare”、夜の公道を使って映画上映とディスカッションを行う“Pop-Up Screening”、メキシコの伝統的切り絵の手法でメッセージを表現する“Papel Picado Now”、大型の木箱で作った可動式ステージの上で、誰でも即席の演説ができる“Make America Crate”(トランプの“Make America Great”のもじり?)などなど。こういった9のアイディアが、ダウンロードできるツールキットにまとめられ、誰でもどこでも自由に再現、応用できるようになっている。

(秋葉美知子)

 

英国アーツカウンシルは、芸術文化のクオリティを数値で評価しようとしている

2016年10月22日

「ソーシャリー・エンゲイジド・アートの芸術的クオリティは誰が評価すべきか?」という問いに、ポートランド州立大学のハレル・フレッチャー教授は次のように答えてくれた。「私は第一に、参加者とそのプロジェクトに直接関係している人たちの見方を大切にしている。もちろん、より広いアートワールドから関心を得ることはよいことだし、ファンドレイジングなどの役に立つだろうが、トラディショナルな美術評論には私はあまり関心がない。それよりも、私と共に活動してきた人々が、ともに作り上げたアートワークに満足することのほうが大切だ。そこには、ミュージアム・コンテクストではない美学があるはずだ」

アートのクオリティをどのように評価するかは、長年議論されてきた課題だ。成果主義のイギリスでは、ブレア政権期には芸術文化に対する公的支援のよりどころとして、いかに教育や社会正義に貢献したかが問われ、その後、“卓越性(エクセレンス)”が重視されるようになり、その評価は見識ある専門家に委ねられた。さらに今、英国アーツカウンシル(ACE)は、観客の見方も含めて、アートのクオリティを数値で評価する手法(コンピュータ-・ソフト)を開発。ACEから年間25万ポンド(約3,200万円)以上の補助金を受給しているメジャーな芸術文化組織(National Portfolio OrganisationsとMajor Partner Museums)に対して、“Quality Metrics”と名付けたこの評価手法の活用を義務化しようとしている。演劇や音楽の公演や美術館の展覧会などの個々のプロダクションについて、12の評価項目を設定。観客評価、同業者の相互評価(peer review)、自己評価の3種をデジタルプラットフォームで実施し、比較分析するというものだ。

quality-metrics

タブレット・パソコン画面の例 『Quality Metrics Pilot: Final report – May 2014』より

その評価項目は、

①コンセプト:面白いアイディアだった

②プレゼンテーション:うまく作られ、発表されていた

③独自性:これまでに経験したことのないものだった

④挑戦:示唆に富む(刺激的な)ものだった

⑤魅了:興味を引かれ、夢中になった

⑥感激:このようなものにもう一度来たい

⑦地域的インパクト:ここでそれが起こっていることが重要だ

⑧関連性(relevance):私たちが生きている世界に関係している

⑨厳密性(rigour):じっくり考え、しっかりまとめられている

※以下はpeer reviewと自己評価のみの項目

⑩オリジナリティ:革新的だった

⑪冒険(risk):アーティスト/キュレーターは明らかに挑戦していた

⑫卓越性:これまで見た中で最も優れた事例の一つだ

これらのステートメントに対し、回答者は、タブレット・パソコン上の「非常にそう思う」から「全くそう思わない」までのスケールに、スライドバーで入力する。一般的な五択アンケートではないので、微妙なさじ加減が可能だ。集まったデータは瞬時に集計され、フィードバックされる。

IT時代のこの数量評価が報道されるや、批判や懸念、「そんな馬鹿な」「冗談でしょ」といったコメントがネット上にあふれた。そもそも芸術的クオリティを計測できるのか、ということから、オーウェル流の監視システムだ、成績表をつくって補助金支給の判断基準にするのではないか、こんな質問では包括的すぎて意味がない、同業者間の相互評価といってもお互いに結託して褒め合いに終始するのではないか……目的から手法まで、さまざまな疑問が出ている。ともかく来年4月からの導入結果に注目したい。

参考記事:

http://www.artsprofessional.co.uk/news/arts-council-impose-quantitative-measures-arts-quality

https://www.theguardian.com/culture/2016/oct/04/quality-metrics-arts-council-england-funding

(秋葉美知子)

 

Giving USAとNCARレポートにみる米国の芸術文化団体のファンドレイジング事情

2016年10月12日

寄付大国アメリカでは、多くのNPOが民間から多額の寄付を得ながら、多様な社会的ニーズに応えるサービスを提供している。全米の寄付総額は、Giving USA財団が毎年発行している寄付白書『Giving USA』で知ることができる。今年度版によると、2015年の寄付総額は史上最高の3,732億ドル(約38兆円)を記録したという。そのうち個人寄付が71%を占める。寄付先の内訳は、宗教関係が32%と最も大きく、次いで教育関係15%、ヒューマン・サービス11%、助成財団への寄付11%、健康関連8%、公益事業7%。芸術文化は5%で、寄付者にとっての優先順位は決して高くないと言えそうだ。

米国の芸術文化団体は、寄付や助成金と事業収入、資産運用などで経費をまかなっているが、そのファンドレイジング実態を南メソジスト大学のNational Center for Arts Research (NCAR)が調査している。9月にリリースされた『NCAR Fundraising Report』によると、対象とした約4,200団体では、平均して支出全体の約57%が使途を限定しない寄付金収入でまかなわれていた(2014年データ)。活動分野によってその割合に差があり、コミュニティ団体が71%と最も高いが、11分野中7分野で50%を超えている。また、総運営費のうちどのくらいの割合がアーティストやプログラム制作スタッフの人件費に支出されているかのデータもあり、ボウモル・ボウエンの理論どおり、オーケストラ(59%)やオペラ(55%)が最も労働集約的になっている。その他にも、このレポートには、日本のアーツマネジメント関係者や研究者に役立つ、興味深い調査分析が掲載されている。

(秋葉美知子)

「クリエイティブ・ピープル・アンド・プレイセス」事業にスザンヌ・レイシーも参加

2016年10月07日
lacy-england

スーパー・スロー・ウェイのウェブサイトより

英国の地域住民のアーツ参加率調査で、355自治体中下から15番目だったブラックバーンwithダーウェン、20番目のバーンリー、27番目のハインドバーン地区、62番目のペンドル地区は、イングランド北西部のペナイン・ランカシャー地域として、前投稿で紹介した「クリエイティブ・ピープル・アンド・プレイセス」事業の助成を受け、「スーパー・スロー・ウェイ」という共同事業体を創設し、さまざまなプロジェクトを実施している。「スーパー・スロー・ウェイは、ペナイン・ランカシャーにおける創造的レボリューションの火付け役となることを目指している。我々は、リーズ・リバプール運河沿いのコミュニティとともに、人々を地元の、英国内の、そして世界のアーティストと結びつけ、コラボレーションや新しいアイディアの探求、そして革新的手法による実験を可能にするプロジェクトを実施している」というマニフェストのもと、フェスティバルの開催、各地でのアーティスト・イン・レジデンス、リーズ・リバプール運河完成200年記念合唱曲の創作・公演、社会包摂や介護・福祉活動へのアーティスト参加など、その活動は多岐にわたっている。

そのひとつが、米国カリフォルニアを拠点とする、SEAの先駆者的アーティスト、スザンヌ・レイシーによるコミュニティ参加型プロジェクト《Shapes of Water, Sounds of Hope》だ。

19世紀半ばから1960年代まで、ペンドル地区では、綿紡織工場が経済活動の中心にあり、中東からの移民労働者を含む多様なバックグラウンドを持つ人々が働き、集う場だったが、2006年にブライヤーフィールドの工場が閉鎖されて、そういった交流の場がなくなり、地域のまとまりもなくなってしまった。

今年2月から始まったレイシーのプロジェクトは、コミュニティの歴史を振り返り、現在を見つめ、未来を展望するきっかけとして、廃工場の広々とした空間を舞台に住民参加のアート・イベントを作り上げようというもの。手段としたのが歌だった。かつての工場労働者やその家族はじめ地域の人々を招いたミーティングを重ねるとともに、ランカシャーに起源を持ちアメリカのアパラチア地方でも行われていた「シェイプ・ノート」という合唱法とイスラムの「スーフィー・チャンティンング」という詠唱法のレッスン、セッションを行い、10月1日、廃工場の一階フロアに500人を集めたヴォーカル・パフォーマンス&晩餐会でクライマックスを迎えた。このいかにもレイシーらしいスケールの大きなパフォーマンスに加えて、地域住民50人へのインタビュー収録も行われ、今後映画作品にまとめられるという。

「私は、文化を共有することですべての問題を克服できるなどと単純に考えてはいません」とレイシーは言う。「しかし、この経済的、社会的状況のもとで、地域の未来のために、社会的結束や市民参加を推進している人たちがいます。そして彼らの多くは、このプロジェクトを、現在進行中の自分たちの努力を補助的にサポートするものと受け止めていると思います」。これは、レイシーが手掛ける多くの地域プロジェクトに共通するポイントだろう。

 

参考記事:Suzanne Lacy’s Pioneering Community Art Project in England (BLOUIN ARTINFO)

パフォーマンスの様子:Super Slow WayのFacebook参照

(秋葉美知子)

英国アーツカウンシルの「クリエイティブ・ピープル・アンド・プレイセス」事業

2016年09月29日
cpp-web-all

「クリエイティブ・ピープル・アンド・プレイセス」ウェブサイトより引用

どこの国でも、人々のアート鑑賞や創造活動への参加率は地域によってかなりの差がある。この差を国をあげて解消しようとしているのが、英国アーツカウンシルによる「クリエイティブ・ピープル・アンド・プレイセス(CPP)」というアクション・リサーチ・プログラムだ。英国では、国民の芸術文化活動への参加率を調査し、地方自治体ごとに順位付けている(Active People Survey)。この全国順位データで下位20%に含まれる地域に対象を限定した助成事業がCPPで、低参加率の改善を目的に2012年に創設された。対象となった地域は、コミュニティ団体、芸術文化組織、美術館、劇場、大学などをメンバーに、運営主体となる共同事業体を設立して応募することができ、2012年に7地域、2013年に11地域、2014年に3地域が選定を受けた。イングランド北東部のノーサンバーランドからハウンズロー・ロンドン特別区まで、21地域の共同事業体には、宝くじの収益金を財源に、総額3,700万ポンド(約50億円)にのぼる活動資金が支給された(その後2015年に約7億円追加)。CPPの特設ウェブサイトによると、開始から3年間に、この事業によって1,599件のアート・イベントや活動が実施され、1,023,158人が参加し、その90%はそれまであまりアートに親しんでいなかった層だという。ウェブサイトには生き生きした画像とともに、各地の取り組みが紹介されている。

英国アーツカウンシルはCPPの目的についてこう言っている。
「この助成金は、アーツへの参画が全国平均よりかなり低い地域に焦点を合わせている。それは、参画の機会がないこと、社会経済的要因、物理的アクセスの問題、活動の数自体が少ないことなどによるのだろう。我々は、全ての人々が芸術文化を体験し、それによって触発される権利を持っていると信じる。よって我々は、これらの地域の人々に機会を開きたい」

非常に説得力のあるコンセプトだが、“アクション・リサーチ・プログラム”というように、これは、当該地域を実験台にトライアルし、データを集め、成果と課題を明らかにしようという実地研究事業である。それだけに、評価のスキームは「ここまでやるか」と思うほど念入りだ。全国レベルの評価では、3つの評価軸(①どのくらい多くの人々が参加し、インスパイアされたか ②アートの卓越性とコミュニティ・エンゲイジメントの卓越性がどの程度達成されたか ③どのアプローチが成功し、どんな教訓が得られたか)が設けられ、専門の調査会社が請け負って、地域訪問、四半期ごとの地域からの状況報告とデータの収集、受給団体・関係者へのインタビューに基づいて、年次評価レポートを作成するほか、地域が実施した評価のメタ評価、特定のプロジェクトに注目したケーススタディも行っている。加えて、特定のテーマに基づく調査研究、「オーディエンス・スペクトラム&モザイク・プロファイリング」という観客層分析があり、年一回のコンファレンスもどこかの地域がホストとなって開催されている。さらにユニークなのは、「モア・ザン・100ストーリーズ」と題した“創造的リサーチ”。ライターとイラストレーターの2人の女性がプロジェクト・サイトを訪問し、その体験をウェブサイトにブログで投稿するとともに、イメージとテキストを「作品集」として掲載している。

これらから得られた膨大な資料と分析結果は、確かに地域でアートの裾野を広げるための共有知になるだろう。しかし、体制を固め、住民を企画者、意志決定者、アーティスト、ボランティア、そしてオーディエンスとして巻き込みながら、活動を企画、実施した上、さまざまなリサーチに対応せねばならない地域の負担はかなり重いのではないか。公的資金をもらっている手前、失敗できないというプレッシャーもあるだろう。偏差値の低い生徒をアメとムチで引き上げているように見えるこの事業、地域の運営組織が疲弊しないかと心配になるのは私だけだろうか。

(秋葉美知子)

インタビュー:SEA教育のパイオニア、ポートランド州立大学ハレル・フレッチャー教授

2016年09月18日

8月末、米国オレゴン州を訪問した際、ポートランド州立大学(PSU)教授でアーティストとしてもさまざまなプロジェクトを手掛けているハレル・フレッチャー(Harrell Fletcher)氏を自宅に訪ね、話を聞くことができた。フレッチャー教授は、2007年にPSUでMFA in Art and Social Practice (※)プログラムを創設したSEA教育のパイオニアである。パブロ・エルゲラ氏はこのコースの講師として招かれたことがきっかけで『ソーシャリー・エンゲイジド・アート入門』を書いたという。

※MFA=Master of Fine Arts(芸術学修士)

 

大学キャンパスをミュージアムに

harrell-2フレッチャー教授は、1994年にカリフォルニア・カレッジ・オブ・アーツでMFA(Interdisciplinary)を取得した後、1996年にカリフォルニア大学サンタクルーズ校(UCSC)の有機農業実習プログラムに参加。キャンパス内の農場でテント生活をしながら野菜や果物の生産から販売までを学び、その経験が自身のアートワークやSEA教育に大きな影響を与えたという。

アーティストとしてのフレッチャー教授の最近のプロジェクト《Collective Museum》は、馴染みの深いUCSCの2,000エーカー(約800ヘクタール)のキャンパスを広大なミュージアムに変えるというもの。教員、学生、スタッフ、卒業生から、キャンパス内の建物や敷地の特定の場所50ヵ所に関する逸話や体験などを聞き出し、そこにまつわる“物語”を作品に仕立てて、当該場所に表示板を設置、学内向けにはギャラリー展示やウォーキング・ツアーを行い、一般にはウェブサイトとカタログで写真とインタビューを紹介している。

collective-museum

Collective Museumのカタログ

「このプロジェクトは2年前にスタートしたUCSCの新しい研究機関Institute of the Arts and Scienceが、独立した美術館を建てるまでの間、建物を持たない美術館として何ができるかを考える中で、私に依頼されたものです。2年間にわたって、キャンパスを調査し、多くの人にインタビューし、隠された事柄を掘り起こしました。たとえば、カリフォルニアの自然保護の父と言われるケン・ノリス教授のメモリアル・ベンチ、以前UCSCでフェミニスト学を教えていたアンジェラ・デイヴィスの研究室、グレイトフル・デッド(ロック・バンド)のアーカイブ……ジョン・ケージのマッシュルーム・ウォークというのもあります。ジョン・ケージは1960年代末にアーティスト・イン・レジデンスでここに来ていたのですが、彼はキノコにたいへん興味を持っていて、ある日学生たちを森に連れて行き、キノコ探しの散歩をしたそうです。そのときの経験をエール大学美術館ディレクターのジャック・レノルズが話してくれました」

「このプロジェクトは、美術館の建物が完成する5年後までのつなぎなのですが、美術館ができた後もキャンパス全体にわたるプロジェクトは続くだろうと期待しています」

 

 

ソーシャリー・エンゲイジド・アート(ソーシャル・プラクティス)とは?

 

さて、フレッチャー教授はソーシャリー・エンゲイジド・アート(ソーシャル・プラクティス)をどうとらえているのだろうか?

―SEAは「ソーシャル・チェンジ」「アート」「インタラクション」の3つの要素を満たすものと私は考えているが、あなたはどう思うか?

HF: 大半のSEAにはそれが当てはまると思うが、「ソーシャル・チェンジ」については、多少注意が必要だ。もし、「ソーシャル・ジャスティス・アート」と言うなら、「ソーシャル・チェンジ」の要素は必須だが、SEAあるいはソーシャル・プラクティスと言う場合、いつでも当てはまるとは限らない。変化は起こるだろうが、それはソーシャル・ジャスティスとかポリティカルと認識されるものではないかもしれない。もっと微妙な(subtler)なものでもあり得る。

たとえば、以前、ポートランド美術館に犬を連れて入るというプロジェクトを卒業研究にした学生がいた。彼はそこで何か面白いことが起こることを観察したかったわけで、これをソーシャル・ジャスティスとかソーシャル・チェンジと言うことはできない。しかし、そこで彼は美術館内外の人々とやりとりをしていて、実際にエンゲイジメントが起こっている。多くの場合、ソーシャル・エンゲイジメントが“ポリティカル”の意味で理解されているが、私のプログラムではもっと幅広くとらえていて、学生をソーシャル・ジャスティスの要素を持つプロジェクトに方向付けることはしない。それでも多くの学生はそちらを選ぶけれど。

 

―「チェンジ」という言葉はいろいろな意味に解釈される?

HF: 「チェンジ」という言葉づかいは上から目線になる可能性がある。たとえば、軍隊の代わりに技術を持った市民ボランティアを発展途上国に派遣し、教育・農業技術・公衆衛生などを現地で指導する平和部隊(Peace Corps)は、いいことをしているつもりでも、相手国の文化や歴史や何が求められているのかを理解せず、アメリカ的な見方で支援しているために、しばしば問題を起こすことがある。SEAでも伝道師的なアプローチでチェンジを押しつけてはいけない。なかには、うまくナビゲートしているアーティスト、LAPDのジョン・マルピードのような素晴らしいお手本もあるが、失敗して期待外れに終わる場合もある。

ソーシャル・ワークとSEAとの違いもよく聞かれるが、ソーシャル・ワークは、より多くの住宅や仕事を見つけるとか、高校の卒業率を高めるとか、することが決まっていて、成果が求められる。私には、そういった変化を起こす能力はないが、アーティストとしての自由を得て、知り合った人々と共に活動し、一風変わった、面白い体験を提供することができる。

lawn-sculpture-3私は15年前にアーティスト・イン・レジデンスでポートランドに来て、このあたりを歩き回っているとき、思いがけずある家の前庭に3体の彫刻が置かれているのを見つけた。数ヵ月後に再度訪ねると、その彫刻のひとつが壊れていた。家主に聞いてみると、誰かが故意に破壊したという。私は家主に「新しい彫刻をもっとたくさん作りましょう」と提案し、彼ら家族や友人、近所の人々をモデルに20体のセメント彫刻を作って庭に並べた。その後その彫刻群は破壊されることなく、近隣の人々から愛され、交流が起こり、ネイバーフッド・ダイナミクスが生まれた。これは政治的、経済的な大変化ではないが、小さいけれど前向きな変化だ。そしてそれはソーシャル・ワークにはできない、アートだからこそできることだと思う。

「チェンジ」という言葉は注意が必要だが、厳格に定義せずに幅広い意味で使うなら差し支えないだろう。

 

既存のアート・システムをブレイクするSEAの可能性は無限

 

HF: 伝統的なアートワールドでは、アーティストは輸送可能なオブジェクト(絵画、写真、彫刻、ビデオ等々)を作り、世界中のギャラリーやアートフェアで展示、販売するという“スタジオ/ギャラリー/マーケット”システムにフィットするよう求められる。私は、オブジェクトを売るというコマーシャルなキャリアはないし、関心もないが、そのことが私の考え方を解放し、モノを作ることからよりサイトスペシフィックな、特定の地域に調和し、そこの人々が求めるものを理解するワークに向かわせた。自分の作品がロンドンでどう受け止められるかなど気にしなくていいし、そのアートワークのかたちも恒久的に残るオブジェクトでもいいし、一時的に存在して消えてしまうものやイベントでもいい。

私は、既存のパラダイムを打ち破って、別種の方法論を生み出さなければならないと思っているので、学生たちが既存のシステムの中で何をするのかを前もって決めてしまわないように注意をはらっている。

 

―どんな学生がソーシャル・プラクティスのMFAプログラムに来るのか?

HF: 私の学生の多くは、美術教育を受けた経験を持っていない。パフォーマンスやダンス、対立解決(conflict resolution)、民俗学、女性学まで、さまざまな分野から来ている。彼らは美術に関心があっても、既存のシステムにそれほどコミットしていない。学生が『アートフォーラム』を読んでいたり、ギャラリーのオープニングに行った話をしているのを見たことがない。だから、とても素早く既存の考え方を打ち破る。

もし彼らが、アートワールドのシステムの中でグローバルなキャリアを望んでも、競争相手がたくさんいるなかでは成功のチャンスは1%か0.5%か…。それに比べて、SEAのアプローチは成功しやすい。誰かの家の庭でプロジェクトをするのにキュレーターの承認はいらない。図書館、学校、近隣、どんな場所でもプロジェクト・サイトになり得るし、資金もさまざまなソースから得ることができる。可能性は無限だ。

私が農業実習を体験したことはSEAの実践に役立っている。そこでは作物を育てるだけでなく、売り方も学ばなければならない。アート作品と違って農作物は腐ってしまう。同様に単にオブジェクトを作るだけのSEAはあり得ない。誰がオーディエンスなのか、どうしたら実際に機能するのか、コンテクストを考えなければならない。その基本は、“Know the place first”だ。もしあなたが何かオブジェクトを作って、それがどこかで展示されるのを待っていたのでは、ほとんどチャンスは来ないだろう。しかし、もしあなたが近所の人の庭のために何かをデザインするのなら、実現の可能性は高い。つまり、その場所のためのプロジェクトを考えることが実現につながるということだ。


 

話はこのほかに、プロダクトとプロセスについて、SEAと美術館の関係について、SEAにおける参加者名のクレジットについて等々に及んだが、これらについては聞き足りないところもあり、また別の機会に紹介したい。

(秋葉美知子)

マッカーサー財団が賞金1億ドルの「問題解決提案コンペ」創設

2016年08月25日
100Change-logo

100&Changeのロゴ。マッカーサー財団ウェブサイトより

“天才賞”と呼ばれる助成金制度「マッカーサー・フェロー」で知られるマッカーサー財団。分野を問わず並外れた創造性を発揮し、実績と将来性を併せ持つ人物を毎年20~30人選び、自由に使ってよい625,000ドル(約6,250万円)を5年間にわたる分割払いで贈っている。選考過程は非公開で、ある日いきなり本人に「あなたが選ばれました」と電話がかかってくるそうだ。アーティストの受賞も多く、2014年には、プロジェクト・ロウ・ハウスの創立者リック・ロウが選ばれている。

そのマッカーサー財団が、新しく「100&CHANGE」という企画コンペを創設した。キャッチコピーは“Are You Ready to SOLVE A PROBLEM?”。今日の社会において喫緊の問題を解決するための具体的提案を世界の営利・非営利団体から募集し、132人の審査員団の選考により最優秀の1案(のみ)に、なんと1億ドル(約100億円)の助成金を与えるというプログラムだ。

参加登録の締め切りは9月2日。解決したい問題の特定とその解決策の提出は10月3日まで。もちろん分野は不問なので、ソーシャリー・エンゲイジド・アートの提案も可能だが、果たしてどんなプロポーザルが選ばれるのだろうか。ファイナリストは2017年の夏に発表され、その秋にライブ・プレゼンテーションを経て、決定されるという。

(秋葉美知子)

ジェントリフィケーションとアーティスト

2016年08月18日
2016_webcal_AntiGentrification_July10_event_F_web_600w

ブルックリン美術館ウェブサイトより

都市の中心部に近接した低開発・低所得地域のジェントリフィケーションは、もともとそこで生活している人々の立ち退きを伴うケースが多く、まさにその当事者として、あるいは社会的公正を求める政治的立場から、アーティストたちは世界各地で反ジェントリフィケーション行動を起こしている。ニューヨーク、LA、ロンドン、ベルリン…。

ニューヨークでは昨年11月、コミュニティへのサービスをそのミッションに掲げるブルックリン美術館が、不動産業者の大会「リアルエステート・サミット」に会場を貸したことにアーティストたちが猛反発。反ジェントリフィケーションのネットワークを組織して抗議行動を起こした。大会の阻止はできなかったものの、その後も彼らは美術館側と交渉を重ね、同美術館が開催していた「Agitprop!」展に、当初の予定にはなかったアートワーク《A People’s Monument to Anti-Displacement Organizing》を展示し、深刻な現状を示して行動を呼びかけた。さらに7月10日には美術館のオーディトリアムで「Anti-Gentrification and Displacement」をテーマにコミュニティ・フォーラムを実現させ、関心を持つ人々との連携の第一歩を踏み出したようだ。

一方、ジョージア州メーコン市での出来事には驚いてしまった。メーコンの地域アーツカウンシルMacon Arts Alliance(MAA)は、市の発祥の地でありながら疲弊した歴史的地区を芸術村(Mill Hill Arts Village)として再生する構想を立ち上げ、その目玉プログラムとして、SEAを志向するアーティスト・イン・レジデンスを、全米芸術基金などからの助成を得て創設した。コミュニティ・エンゲイジメントに熟達したアーティストを招いて、地域資源を生かし、地元のアーティストや住民とともに活性化プランを考えてもらおうというものだ。この7月、最初のレジデンシーとして、シカゴとニューヨークから2人のアーティストがやってきた。彼らは住民にインタビューするうち、このプログラムは“アートウォッシシング”、つまりアートがジェントリフィケーションのツールとして使われ、貧しいアフリカ系住民に立ち退きを迫るものではないかと、MAAの広報活動に非協力の態度を取った。そしてほどなく彼らは「契約不履行」としてアーティスト・イン・レジデンスを解雇されてしまった。

MAA側は、この芸術村計画はコミュニティとの合意に基づいて進められ、住民の強制移転はないと主張しているが、アーティスト側はすべて“出来レース”だと感じている。こんな結果になる前に、誰のため、何のためのSEAなのか、ステークホルダーの間で納得のいく対話はなかったのだろうか? 地域へ介入しようとするアーティストと、地域との融和を求める招聘組織とは、そもそも水と油だったのかもしれない。

ブルックリン・コミュニティ・フォーラムについては、ハイパーアレジック、メーコンのアーティスト・イン・レジデンスについては、Art F Cityの記事参照。

(秋葉美知子)