クリエイティブ・タイムが初めてパブリック・アートワークを公募
過去40年以上にわたって、都市の公共空間を舞台に、アーティストの挑戦的な創造活動をプロデュースしてきたニューヨークのNPO、クリエイティブ・タイムが初めて、アーティストから企画提案を募集している。クリエイティブ・タイムと言えば、2011年に世界のソーシャリー・エンゲイジド・アートを概観する展覧会「リビング・アズ・フォーム」展をオーガナイズしたことでも知られる。このNPOがどんな公募をしているか、そのOverviewを和訳してみた。
この冬、クリエイティブ・タイムは、アーティストからパブリック・アートワークのプロポーザルを募集します。この公募は、ニューヨークを拠点に活動中で、キャリアにおいて重要な時期にあり、公的コミッション、あるいはメジャーな芸術組織からの十分な支援を受けたことのないアーティストを対象としています。私たちは、型にはまらない発表形態をとり、喫緊の社会問題を取り上げ、開かれた討論を生み出すようなアイディアに最も関心をもっています。プロポーザルは12月10日から1月18日に受け付け、選ばれたプロジェクトは2019年の春/夏にニューヨークで実施します。
私たちは、大胆かつ野心的なアイディアを歓迎します。サイズやスケールに規定はありません。控えめな提案からドラマティックな行為まで可能です。私たちは、あなたのアートワークがいかに現在の問題や社会的コンテクストと取り組んでいるかを知りたいのです。それは、特定の関心事に、コミュニティに、あるいは歴史に応えて考えられたものなのか? それが何であろうと、そのアイディアはタイムリーで、人々の批評的意見交換の火付け役となる可能性をもっていなければなりません。
この公募は、アーティストにとって、公共領域において新しいアイディアを実験するとともに、価値あるリソースとしてクリエイティブ・タイムを利用する好機となるはずです。私たちには、40年以上にわたって、アーティストとそのアイディアを、危険負担、議論の促進、制作のノウハウ、問題解決を通じて支援してきた歴史があります。つまり、私たちはあなたのためにあるのです。
クリエイティブ・タイムには、新進アーティストでも著名なアーティストでも、特定のメディアにおいて、あるいはそれを超えて、自身のプロセスを先鋭的に変化させようとする人たちを支持してきたレガシーがあります。この公募は、その歴史に応えるものであり、全てのキャリア段階のアーティストたちの、現代の重大な問題に対するアイディアの豊かさと重要性に光を当てるために企画したものです。
制作予算は5万ドルが上限で、アーティスト・フィーも支給されるという。来年の2月に発表される選考結果が楽しみだ。第1回の募集はニューヨーク都市圏在住のアーティストに限定されているが、今後地域を拡張する予定もあるようだ。
2018.12.8(秋葉美知子)
オペラ界もSEAに接近?
米国のウェブ・ジャーナル「NEXT CITY」に、「今日的社会課題にエンゲイジすることは、オペラを救えるか?」と題する興味深い記事があった。オペラというと、堅苦しく、贅沢で、エリート好みの芸術様式というイメージがあり、近年、オペラ公演はチケット販売がだんだん難しくなっている。アメリカ3大オペラ・ハウスの一つ、シカゴのリリック・オペラでも、経営側がオーケストラ団員に対して、人員の削減、給与減額、公演期間の短縮などを求めたのに対し、楽団員たちは10月9日から5日間ストライキを行った。交渉の結果、いくつかの合意のもとでストライキは終結したが、根本的な問題は依然として残っている。
そんな状況のなか、オペラの制作者側が、よりカジュアルな舞台設定で、ソーシャリー・エンゲイジド・オペラに挑戦しているという。その事例としてあげられているのが、ニューヨークの建築家と作曲家のコラボレーション「The Mile-Long Opera」と、カリフォルニア大学サンディエゴ校のグループによる室内オペラ「Inheritance」だ。
「The Mile-Long Opera」は、今では観光名所にもなっているマンハッタンの1.45マイルにわたる高架型都市公園「ハイライン」の上に、市内各地区の合唱団から参加した1,000人の歌手が並んで、ニューヨーカーの生活を歌い、語るというパフォーマンス。歌詞と語りは、さまざまな職業のニューヨーカー数百人に対する「あなたにとっての午後7時の意味は?」というインタビューをもとに書かれたもの。10月3日から8日まで、毎晩7時から行われたこの屋外オペラ、約15,000人のオーディエンス(無料・予約制)が来場し、歌手たちの間を歩きながら歌と語りを聞いたという。
「Inheritance」は、銃による暴力というアメリカ社会で深刻化するテーマを扱っている。ウィンチェスター銃のビジネスで築いた夫の財産を相続した未亡人、サラ・ウィンチェスターが、迷宮のような自邸で、その銃によって殺された人々の霊に呪われ続けたという実話に基づき、全米で頻発する銃乱射事件と重ね合わせる新作オペラだ。10月24日から27日に、UCサンディエゴのExperimental Theater of the Conrad Prebys Music Centerで初演された。公演後にアフタートークなどのイベントは予定されていなかったにもかかわらず、観客は1時間以上その場に残って話し合っていたという。
オペラを公共の場に開いたり、社会問題に切り込むこのような試みは、保守的なオペラ界に、あるいは混迷する社会にどんな影響を与えるだろうか。
2018.11.22(秋葉美知子)
トランスジェンダーの人物の人称代名詞
ニューヨークのニュースクール大学ヴェラ・リスト芸術・政治学センターのフェローシップ・プログラムは、芸術と政治についての論考を前進させるような活動をしているアーティストやキュレーター、批評家、研究者を選考し、大学のリソースを提供しながら彼らのプロジェクトを2年にわたって支援している。2018-2020年のフェローには、ビジュアル・アーティストのDean Erdmannとアーティスト/キュレーター/評論家のHelene Kazanが選ばれ、去る10月5日の「ヴェラ・リスト・センター・フォーラム:もしアートが政治ならば」で発表された。2人のプロフィールとプロジェクトは、センターのウェブサイトに掲載されており、Erdmannは、アメリカの非自由主義についての半自伝的環境インスタレーションを創作、Kazanは、国際法、建築、暴力体験の交差点を探求する多分野横断型展覧会とパブリック・プログラムを行うという。
ここで気づいたのは、アーティストDean Erdmannの紹介文で、明らかに個人のアーティストなのに、人称代名詞が“they”になっていること。つまり、このアーティストはトランスジェンダーだということを意味している。
マスコミにおけるトランスジェンダーの人物の人称代名詞について、ニューヨークタイムズに興味深い記事があった。これまでさまざまな試行錯誤があったようだが、今日、トランスジェンダーの人物の多くは従来の“he”または“she”を選ぶという。しかし、あえて“they”“them” “their”を選んで自らのジェンダー・アイデンティティを明示しようとする人もいる。ワシントンポスト紙とAP通信は、場合に応じて単数扱いの“they”を許容しているという。英文の記事を読むとき、これは頭に止めておきたい。
2018.10.26(秋葉美知子)
英国アーツカウンシルが芸術文化施設のリーダーシップに関する調査を公表
調査熱心な英国アーツカウンシル(ACE)が、「Changing cultures~Transforming leadership in the arts, museums and libraries」と題する新しい調査レポートを公表した。芸術文化施設におけるリーダーシップの現状と今後の在り方に関する調査で、ACEが2020年から30年に予定している人材育成戦略の参考にするため、コンサルタントのSue Hoyleとキングス・カレッジ・ロンドンに委託したものだ。
英国でも、文化労働者(cultural workers)は低賃金、過重労働でワークライフバランスを欠き、燃え尽き症候群の危険にさらされているという。このレポートは、組織におけるリーダー育成(トップレベルだけでなく、雇用者やフリーランサーを含むすべてのレベルにおいて)の在り方に注目し、これからのリーダーに必要とされる技術、特性、態度を示すとともに、リーダーシップ研修などの能力開発プログラムにとどまらず、よりフラットで多様な組織文化や、他施設・他分野とのネットワークの重要性を強調している。
約80ページの報告書はPDF版をダウンロードできるが、インパクトのある写真やカラフルな図表を駆使したエディトリアル・デザインは、「さすが」とでも言おうか。
2018.10.12(秋葉美知子)
ア・ブレイド・オブ・グラスがSEAマガジンを創刊
SEAに取り組む米国のアーティストに対象を絞り、プロジェクト資金の助成と活動支援を行っているアートNPO「A Blade of Grass(ABOG)」が、2016年発刊の書籍『Future Imperfect』に続き、今度はSEAマガジン(年2回発行)を創刊した。
ABOGのフェローシップ・プログラムが類似の助成事業と異なる特徴は、選考したプロジェクトに対して単に資金提供するだけでなく、実践の現場を継続して追いかけ、リサーチ、レポートし、ドキュメンタリー映像の制作までを行っている点だ。その目的は、個別プロジェクトの評価にとどまらず、SEAという分野をより可視化することだという。そうすると、このマガジンの創刊も、当然といえば当然かもしれない。
ABOGエグゼクティブ・ディレクター、デボラ・フィッシャーは、これまで丁寧なフィールド・リサーチを重ねて得た情報や知見から、ビッグ・アイディアが、いかに小さな決断や行動を通して実現に至るかがわかった。それを広く共有し、人々をSEAに誘いたいという。
89ページに及ぶ創刊号のテーマは「WHERE」。リック・ロウへのインタビュー、ジャッキー・スメルの「Solitary Gardens」(独房に監禁されている囚人たちが独房と同サイズの庭を空地につくるプロジェクト)を、ABOGのフィールド・リサーチャー、参加者、キュレーター(第三者として)の視点で見る記事、来年春にサンフランシスコで開催予定のスザンヌ・レイシーの回顧展をキュレーションしているドミニク・ウィルスドンのエッセイ、ルーシー・リパードの1984年の著作から転載した「This Is Art? The Alienation of the Avant Garde from the Audience」と題するエッセイなど、興味深いコンテンツが並んでいる。。
冊子版はABOGのイベントでの配布のみだが、オンラインでデジタルブックを読むことができ、PDFをダウンロードすることもできる。
2018.9.26(秋葉美知子)
オープン・エンゲイジメントのFacebookは勉強になる
米国の「Open Engagement(OE)」は、アーティスト主導のソーシャリー・エンゲイジド・アートに特化したコンファレンスで、2007年にスタートして以来、多様なジャンルのアーティスト、アクティビスト、研究者、学生、コミュニティ・メンバーなどが集い、さまざまな社会問題を共有、議論している。2018年のコンファレンスは、5月11日から13日まで、ニューヨークのクイーンズ美術館で、批評家のルーシー・リパード、アーティストのメル・チンを基調講演者に迎えて開催された。
2019年のOEは「調査年間」として、この分野の必要性について見直し、再評価をするという。その一環として、OEが2013年の会議参加者から集めた「100の質問」のなかから1問を選び、毎週水曜日にOEのFacebookページで紹介している。7月18日に選ばれた1問は「How can we create work that is meaningful and useful?(意味深く、役に立つ作品を私たちはいかに創造できるか?)」。
また、毎週月曜日には、OEの創立者でディレクターのジェン・デロス・レイエスが選んだSEA関連書籍を1冊ずつ紹介している。7月16日に選ばれていたのは、ダレン・オドネル(ママリアン・ダイビング・リフレックス)の著書『Social Acupuncture』だった。
米国のSEA実践者の意識がわかるページとしてフォローしたい。
2018.7.21 (秋葉美知子)
英国アーツカウンシルによるクオリティ数値評価が、ようやく来年4月からスタート
以前の投稿で、数値評価が大好きな英国のアーツカウンシル(ACE)は、補助金を支給しているNational Portfolio Organisations(NPOs)と呼ばれる芸術団体のうち、年間支給額25万ポンド(約3,700万円)以上のメジャーな団体(256団体)に対し、その団体が行う演劇や音楽の公演や美術展などの個々のプロダクションについて、共通のコンピュータ・ソフトを使ったクオリティ評価を義務化する方針を打ち出していることを書いた。その事業の実施にあたり、請負業者の入札が難航していたが、ようやく、来年4月からスタートする準備が整ったようだ。予想通り、パイロット事業を手掛けたCounting What Counts社が落札し、これまでQuality Metricsと呼ばれていた評価手法は、新しくImpact and Insight Toolkitという名称に変わって、9月に詳細が公表されるという。
2018.7.17(秋葉美知子)
アート・スポンサーと倫理の問題
美術館や劇場などの文化施設は、倫理的観点から特定の企業の資金援助を拒否すべきか? このことは日本ではほとんど議論を呼んでいないようだが、英米では非常にコントロバーシャルな問題だ。
英国ではアクティビスト・アート集団Liberate Tateが、国際石油資本BPがテート美術館のスポンサーであることに反対するゲリラ・パフォーマンスを行ったり、最近では、この夏イングランド北東部ニューカッスル/ゲーツヘッドで開催されるアート・フェスティバル「Great Exhibition of the North」にBAEシステムズ(国防・情報セキュリティ・航空宇宙関連企業)が資金提供を予定していたが、一部のアーティストのボイコット表明から抗議運動が高まり、BAEシステムズはスポンサーから撤退した。
米国のアクティビスト・アート集団Not An Alternativeは、「The Natural History Museum」と称するプロジェクトで、自然史博物館が石油や天然ガス会社から多額の資金提供を受けることにより、地球環境の真実が隠蔽される危険を暴き出している。
このような芸術文化支援と倫理の問題に関して、英国のアート関係者向け情報サイト「ArtsProfessional」が現在「アート・スポンサーシップにおける倫理~資金を受ける危険」と題するオンライン・サーベイを行っている。たとえばこんな質問がある。
- 文化組織は、支援を受けるとき、スポンサー候補あるいは大口献金者候補がどんな活動をしているかを考慮すべきだと思うか?
- 文化組織は、以下の分野で活動する組織や個人からの資金提供を断ることを考慮すべきだと思うか。当てはまる分野にチェックを入れよ 1.環境関連(化石燃料、汚染、原子力など) 2.政治関連(圧政、党派政治、軍備など) 3.健康関連(アルコール、たばこ、ギャンブル)など 4.動物関連(動物実験、工場式畜産など) 5.その他 6.考慮の必要はない
- あなたの組織では、スポンサーシップや大口献金を受け入れる最終的な決定をするのは誰か?
- あなたの組織は、スポンサーシップや大口献金者について倫理的に判断するための指針を持っているか?
一方で公的資金に頼らないファンドレイジングが求められ、一方で問題あるパートナーシップへの抗議行動が先鋭化する英国で、芸術文化関係者はどんな回答をするのたろうか。
2018.3.31(秋葉美知子)
女性史月間。あなたは女性アーティスト5人の名前を即座にあげられますか?
米国では(英国やオーストラリアでも)国際女性デー(3月8日)を含む3月は「女性史月間」。歴史的な出来事や現代社会に貢献してきた女性たちの業績を学び、称える月間として、全米でさまざまなイベントが行われる。
ワシントンDCにThe National Museum of Women in the Arts (NMWA)という、女性によるアートに特化した非営利の私立美術館があるのをご存じだろうか。5,000点を超える女性アーティストの作品コレクションをはじめ、展覧会、パブリック・プログラム、ライブラリー、そして芸術分野における女性の地位を確立するためのアドボカシー活動も行っている。「アートは社会の反映である。もし、アート界が女性を無視するなら、それは社会全体について何を言えるのか? 今日ジェンダー差別はさほど目立たなくなっているが、現代の女性アーティストは、いまだに障害や不均衡に直面している」という認識のもと、NMWAは、アートにおける性別格差に関する数値データを集め、ゲリラ・ガールズの戦術のように、“これを見よ!”とウェブサイトに掲載している。たとえば…
- ビジュアル・アーティストの51%は女性
- 大学のMFAコースの学生の65~75%は女性
- 過去6年間に70の施設で行われた個展のうち女性アーティストの展覧会は27%
- 米国のメジャーな美術館の収蔵作品のうち女性の作品は3~5%
- 大規模美術館の館長のうち女性は30%
- 『Janson’s Basic History of Western Art (9th Edition)』に紹介されたアーティストのうち女性は9%
- アート関連の仕事をしている女性の年収は男性より2万ドル少ない
また、今年の女性月間に合わせ、NMWAは昨年に引き続き「Can You Name #5WomenArtists?」というソーシャル・メディア・キャンペーンを立ち上げている。Facebookはこう呼びかける。
「あなたは5人のアーティストの名前をあげられますか?」
「あなたは5人の女性アーティストの名前をあげられますか?」
「あなたは5人の非白人女性アーティストの名前をあげられますか?」
2018.3.2(秋葉美知子)
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