SEAラボブログ

気候危機に向き合うアートを考えるためのサイト

2021年06月01日

地球は急速に温暖化しつつあり、人類の排出した温室効果ガスがそれに重要な役割を果たしているということは、1990年代から科学的なコンセンサスとなっている。地球温暖化は、気温を上昇させるだけでなく、異常気象の深刻化、海氷が溶けることによる海面上昇、野生生物の住みかや生態系の破壊など、さまざまな(悪)影響を引き起こす。
「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が2018年に公表した『1.5℃特別報告書』が、1.5℃を超える気温上昇が未来の地球にもたらすリスクを示したことで、危機回避策の緊急性が明らかになった。スウェーデンのグレタ・トゥーンベリさんはじめ、この状況に反応した若者たちが世界中で立ち上がっている。メディアの用語使いも、「地球温暖化(global warming)」では生ぬるいと、「気候変動(climate change)」、さらに気候危機(climate crisis)」「気候非常事態(climate emergency)」へと変化してきている。

もちろんアーティストも傍観してはいない。地球環境問題や気候危機にクリエイティブに向き合うアーティストやキュレーター、リサーチャーたちは数多く、情報集積とネットワーキングも進んでいる。
ここでは、そのプラットフォームを提供しているウェブサイトをいくつか紹介しよう。

 

アーティストの活動やインタビューをはじめ、アートと気候変動の接点を探る組織・団体へのリンクや、大学の学位プログラムやコースを紹介している(非常に数が多いのには驚く)。パフォーマンス、演劇、音楽、絵画、写真、文学など表現形式で記事検索できる。

 

 

 

サブタイトルは「アントロポセンへの創造的会話」。情報サイトというより、アーティスト、キュレーター、研究者などのメンバー(約150人)からの投稿によるエッセイを中心に、学び、考え、議論のトピックを提供するサイト。

 

アーティストの活動を丁寧に紹介するプログが中心だが、昨年始まったオリジナル公募企画としてのオンライン展覧会が興味深い。第1回のテーマは「ecoconsciousness」。https://ecoartspace.org/ecoconsciousnessからオンラインカタログで参加作品を見ることができる。

 

気候変動問題の解決と公正な未来をテーマとするウェブ・ジャーナルで、芸術文化は主要トピックのひとつ。サイト内サイトのソリューション・ラボ「Fix」のTopixから「Climate +Art & Culture」に進むと、気候正義にフォーカスしたアーティストの活動が読める。

 

 

2021.6.01(秋葉美知子)

米国のティーンズ向けファッション誌が気候危機に向き合う本を出版

2021年04月03日

NO PLANET B

現在、アート&ソサイエティ研究センターは、10代の若者が詩作とパフォーマンスによって、気候危機をクリエイティブに訴えるアートプログラム《クライメート・スピークス》の参加者を募集している。この企画は、ニューヨークの非営利団体Climate Museumが2018年に立ち上げた同名のプロジェクトをモデルとしているが、海外ではティーンズ対象にどんな取り組みが行われているかを調べていたら、老舗ファッション誌『ヴォーグ』の姉妹誌『ティーンヴォーグ』が目にとまった。このオンライン・マガジン、ガールズファッションやライフスタイルの雑誌かと思いきや、「スタイル(STYLE)」「文化(CULTURE)」「アイデンティティ(IDENTITY)」と並んで「政治(POLITICS)」というカテゴリーが設けられ、連日、記事が更新されている。「政治」のサブカテゴリーに「環境」もあり、3月24日には「Environmental Racism in Chicago Will be Made Worse by General Iron Facility」と題して、シカゴの高校生たちが、自分たちの住む地域に新しい工業施設が建設されるのは環境差別だとして反対の声を上げている記事が掲載されている(デモする若者たちの画像も素晴らしい)。

その『ティーンヴォーグ』に掲載された気候危機関連の記事を集めて一冊に編集したものが『No Planet B:A Teen Vogue Guide to the Climate Crisis』である。気候正義運動(climate justice movement)をメインテーマに、21人の寄稿者による28本の記事に4人の編集スタッフの新たな寄稿を加え、レポート、アクティビズム、インターセクショナリティ(交差性)※という3つの柱でまとめている。現状の報告、グレタ・トゥーンベリさんをはじめとする10代のアクティビストの活動や意見、若者がリーダーとなって政府や政治家に声を上げる気候ストライキ、環境破壊の責任を問う法廷闘争などのほか、気候変動の責任がほとんどないにもかかわらずその悪影響を最もシビアに受けるコミュニティの現実まで、多方面から問題を提起し、行動を促す内容になっている。

※人種、エスニシティ、国籍、ジェンダー、階級、セクシュアリティなど、さまざまな差別の軸が組み合わさり、相互に作用することで独特の抑圧が生じている状況

さすが、アメリカのジャーナリズムは違うなと感心したのだが、残念なニュースも伝わってきた。先月『ティーンヴォーグ』の新しい編集長に就任する予定だった27歳の女性ジャーナリストが、10年前にアジア人を蔑視するツイートをしていたことが再燃し、これまで2度にわたって謝罪したものの、辞任に追い込まれた。アジア系の人々に対する暴力やハラスメントに抗議する動きが全米で広がる中、編集スタッフからの突き上げもあり、責任を取らざるを得なかったようだ。新編集長はいずれ決まるだろうが、『ティーンヴォーグ』の攻めた政治欄には今後も注目したい。

2021.4.03(秋葉美知子)

米国でクライメート・フィクション(気候小説)コンテスト、公募中

2021年03月10日

「imagie2200」のウェブサイトより

深刻化する気候危機にアート/アーティストは何ができるか? そのチャレンジはさまざまなかたちで実践されている。

米国シアトルで1999年に設立されたNPO「Grist」は、”スモッグの中のかがり火”をキャッチフレーズに、環境に関するニュースや解説をオンラインで発信するとともに、「燃えない地球と吸い上げない未来」に向けて活動するさまざまな分野のイノベーターたちをネットワークしたソリューションズ・ラボ「Fix」を立ち上げている。

そのFixが、「imagine 2200」と題する気候小説コンテストを企画し、今後180年の間に、気候が安定的に推移することを思い描く短編小説を公募中だ。公募案内では、その意図を高らかに述べている。

今の世界は狂気じみ、危険が高まり、とんでもない未来が迫っています。私たちのニュースフィードは、否定、遅延、悲運に満ちていて、枕の中に向かって悲鳴を上げたくなります。でも、それは昔の話。Fixでは、クリーンで、グリーンで、公正な未来への道と、それを推進している人々の”新しい”物語を伝えています。私たちの使命は、より良い世界の物語を、魅力的なものにすることです。今すぐにでも手に入れたくなるように。

この目標を念頭に置いて、私たちは希望に満ちた前向きなフィクションの世界へ乗り出す決意をしました。まだ夢にも思っていない未来のビジョンを鼓舞し、気候に関する会話に多くの声を招き入れるために、さあ、この想像力の蜂起に参加して、地球の次章のページをめくるのを手伝ってください。

<主な応募要項>

  • エントリーは無料
  • 締め切りは、米国太平洋標準時の4月12日午後11時59分
  • 国籍・居住地不問、応募時に18歳以上であること
  • 応募作品は英文3,000~5,000 wordsの短編フィクションであること
  •  Adrienne Maree Brown, Morgan Jerkins, Kiese Laymon, and Sheree Renée Thomasほか、文学の専門家委員会により審査が行われる
  • 賞金は、一等3,000ドル、二等2,000ドル、三等1,000ドル。さらに9人のファイナリストに、それぞれ300ド  ルが贈られる
  • 最終選考に残った12作品はすべて、Fixのウェブサイト上のデジタルコレクションとして公開される。

西暦2200年までのどこかの時点に物語の舞台を設定し、そのとき人々はどのように空間を移動し、何を食べ、何を飲み、何を着て、どんなところに住んでいるのか? 人々は、土地や資源、そしてお互いの関係をどのように保っているのか? 未来の人々の先祖である私たちは、どのような世界を未来に託したいと思っているのか?

サイエンス・フィクションならぬクライメート・フィクションのコンテスト。
英語での創作が基本なので、日本人には応募のハードルが高いが、パリ協定に復帰したアメリカで、どんな作品が選ばれるのか、選考結果が楽しみだ。

https://grist.submittable.com/submit/

2021.3.10(秋葉美知子)

ABOGがコロナ危機を生き残るために大幅リストラ

2020年10月07日

ABOGのウェブサイトより

新型コロナウイルスの感染拡大によるロックダウンとそれに伴う経済活動の落ち込みで、米国のアートNPOは活動の縮小、さらには存続の危機に直面している。ニューヨークを拠点に、ソーシャリー・エンゲイジド・アート支援に特化した活動で定評のあるNPO、ア・ブレイド・オブ・グラス(ABOG)も、この状況に際して、中心事業のフェローシップ・プログラムの廃止、スタッフの解雇など、大幅なリストラを行うという。

アート&ソサイエティ研究センターは昨年からABOGと協力関係を結び、このNPOが年2回発行しているSEA専門マガジンの日本語版を編集・公開してきた。第3号の日本語版刊行を目前にこのニュースを知って、私たちは驚きを禁じ得なかった。

ABOGのフェローシップ・プログラムは、米国のアーティストが主導するSEAプロジェクトに、かなり自由に使える2万ドルの資金をはじめ、ネットワーキングの機会や広報の支援などを提供するもので、毎年8人/組が公募によって選ばれてきた。2014年に始まり、今ではSEAに関心のあるアーティストなら誰もが取りたい助成金になっている。マガジンも、SEAの現場を可視化し、多様な視点で洞察するメディアとして、2018年に創刊された。

今回のリストラで、時間とお金のかかる公募ではなく、コミッションによっていくつかのプロジェクトを支援するかたちに変更するという。活動は大幅に縮小されるが、組織を消滅させないためにこの方法を選んだと、エグゼクティブ・ディレクターのデボラ・フィッシャーはartnetnewsのインタビューで答えている。“a beloved organization”と表現されたこのNPOの、未来に向けての最構築を、これからも期待を持って見ていきたい。

2020.10.7(秋葉美知子)

ABOGのデホラ・フィッシャー、NYのロックダウン下で自らの思いを述べる

2020年05月01日

artnetのFacebookページより

このブログでたびたび紹介しているSEA支援に特化したアートNPO、ア・ブレイド・オブ・グラス(ABOG)の創立者兼ディレクターのデボラ・フィッシャーが、コロナ危機で組織の予算が蒸発していく中、社会的価値を追求する非営利文化機関はどのようにして活動を継続するか、「artnet news」のOpinion欄で前向きに持論を述べている。日本でのSEAの可能性を考える上でも参考になる内容なので、以下、その一部を引用したい。

 

  • 私たちが大切にするアート、そしてそれをどのように評価するかは、私たちを取り巻く世界とともに変化する必要があります。
  • すでに私たちはある種のアートを過大に評価しているとも言えますが(ブロックバスター展覧会とかコレクターが買っている記念品とか)、私は、今この時期が単に文化的投資を増加させるのではなく、再調整する機会を提供していると思います。私たちは何でも好きなものを大切にすることができます。私たちは、ジェフ・クーンズの彫刻やそれを認めるマーケットの力を、ミゲル・ルチアーノのようなアーティストがイーストハーレムで長年続けている取り組みよりも高く評価する必要はありません。
  • 私たちは、生きたい人生をサポートするようなやり方で、芸術文化の評価を決定する力を持っています。
  • 今この時期から生まれる作品の成功は、マーケットでの価値ではなく、コミュニティの文脈で人間のニーズを満たすアートを高く評価する私たちの新たな能力にかかっています。私たちはアートの鑑賞者や支援者として、この機会を利用すべきです。
  • この新しいパラダイムでは、たぶん、アートはより専門性が低くなるでしょう。しかし、それは、より今日的意味を持ち、浸透性があり、参加型になることによって野望の感覚を持ち続けるでしょう。芸術機関(アート・インスティチューション)の成功は、アートから得られる、つながりや参加の感情の価値をサポートし、増幅することにかかってくると思います。
  • ABOGは、約10年間、自分たちのワークを生活と一体化するために、意図的で熟考した選択を行っているアーティストたちに焦点を当ててきました。私たちは、アーティストがコミュニティと協働するときに何が可能かについて、その最も野心的な事例を見出しています。そして、アーティストが普通の人々とテーブルを囲みながら、壮大で夢のようなものを共同制作できることに驚かされ続けています。たとえば、ローリー・ジョー・レイノルズが最厳戒刑務所を閉鎖したプロジェクトや、LAPDがロサンゼルスのスキッド・ロウで7,000戸の低所得層向け住宅を確保するプロジェクト、ドレッド・スコットが何千人もの参加者を得て行った奴隷の武装蜂起の再現といった。
  • このアートはパワフルです。なぜなら、参加者と鑑賞者に世界における自身の力と行動を考えるように促すから。
  • 私たちが尊重するアートの価値が根本的に社会的なものである場合、最も強力な資金調達戦略は、その(アートの)社会的価値を明確に示すことからもたらされます。コレクターが買うことができないアートに資金を調達するために、他に方法があるでしょうか?
  • アートが公共のリソースとして位置付けられているなら、広範囲で新規の資金的支援を得るのは、従来言われているよりは簡単だと思います。
  • 具体的な社会的価値を持つアート・プロジェクトに対する支援の手は増えるでしょう。ABOGのフェローシップ・プロジェクトは、ニューヨーク市の保護観察局のような市の部局やデンバーのローズ・メディカル・センターのような医療機関からすでに支援を得ています。これらの支援はフィランソロピーではありませんし、芸術のための芸術に向けたものでもありません
  • 時が経つにつれ、以前は芸術の価値をサポートしたり理解してこなかった財団や政府などの資金提供源からの支援が増える可能性があります。
  • 現在の危機に直面して、私たちは皆、このアプローチを拡大する準備ができているかもしれません。私はコミュニティ主導のアートのための予算を約10年間調達してきました。他の人々に与える価値と影響を明確に示すことでそれを実現しています。誤解しないでください。このアプローチは直接取引ではないため、他のタイプの資金調達や制度構築よりもはるかに困難です。私は、刑務所やテキサス州の国境の町で起こっているプロジェクトへの関与を求めています。それらのプロジェクトは所有することができませんし、その恩恵は、出資者が決して会うことがないかもしれない人々に与えられるものです。
  • 私の組織において、最高の寄付者やリーダーは、アーティストたちの急進的な活動を本当に理解したいと思っています。彼らは挑戦されたいと望んでおり、芸術は彼らの人生と行動を変化させています。ドレッド・スコットによる奴隷の反乱の再現を目撃するための最近のドナー旅行で、私は参加した支援者たちの寛大さ、そして彼らがクールなスペクタクルを体験するだけでなく、戸惑いをこらえながらも、我々皆が責任を負わねばならない歴史を前向きに学ぼうとするのをありがたく思いました。このレベルの関与を求めることは難しいでしょうが、こういった人々はすでにアートを信頼し、評価し、挑戦的で、深く、社会的に重要と感じる方法でアートを楽しむことを渇望しています。
  • 私はもちろん、未来を心配しており、それはセクターとしての芸術に経済的打撃もたらすと思います。しかし、私たちはこの未来についてかなり長い間リハーサルをしていて、そこに豊富(なリソース)を見つけるためのツールを持っていると感じています。

2020.5.1(秋葉美知子)

 

Stay Homeでアート体験

2020年04月23日

新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、世界各国で施設の休業や市民の外出禁止や自粛が求められている。芸術文化への影響も大きく、ドイツ、イギリス、フランス、イタリアなどでは芸術団体やアーティストに対して大規模な公的支援が行われ、アメリカでもNEA(全米芸術基金)が非営利の芸術団体への緊急支援を決定している。それに比べると、日本の対応は危機感がなさすぎるように感じてしまう。以下、文化庁が発信している「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」(文芸術関連部分の抜粋)
https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/sonota_oshirase/pdf/20200206_09.pdf

一方、Stay Homeの呼びかけに応じて、家に閉じこもっているアートラヴァーに向けた情報提供も増えている。

世界各地で実践されてきたSEAを紹介する「リビング・アズ・フォーム」展の巡回展(ノマディック・パージョン)をコーディネートしたIndependent Curators International (ICI)は、29人のアーティストが参加した「紙の彫刻展 The Paper Sculpture Show」の作品をDIYマニュアルにしてウェブ公開している。

「世界中の多くの人々がソーシャル・ディスタンスを取り、家にとどまるように要請されている中、ICIは紙の彫刻展のデザインをダウンロードして印刷できるマニュアルとしてシェアし、パソコン画面から離れた、室内空間でのアート体験を提供します」

カラフルでポップなものから抽象的な造形まで、多様な作品の展開図が収録されているので、気に入ったものを見つけて厚紙にプリントし、挑戦してみては。

また、やはりパソコン画面から離れられない人は、Google Arts & Cultureの「Collections」で世界中の2,500館のミュージアムをバーチャル・ツアーしてはどうだろう。
https://artsandculture.google.com/partner?hl=en

2020.4.23(秋葉美知子)

 

SEAの現在地を描き出す米国のレポート

2020年02月28日

「Mapping the Landscape of Socially Engaged Artistic Practice」p.15-17より作成

ソーシャリー・エンゲイジド・アート(SEA)に関する歴史、理論研究や事例報告などが増える中、米国のコンサルティング会社ヘリコン・コラボレイティブが、SEAの現在地が非常によくわかるレポート「Mapping the Landscape of Socially Engaged Artistic Practice」をウェブサイトで公開している。主にアーティストやプログラム・ディレクター、資金提供者など実践に関わる人々へのヒアリングをもとにまとめられていて、なるほどと思わせるコメントや考察が数多く記述されている。

本レポートは、「ソーシャリー・エンゲイジド・アートの実用的な定義は、特定のコミュニティまたは世界全体の状況を改善することを目的とした芸術的または創造的な実践」とし、これに「スタジオ・アート」を対峙させている。「スタジオ・アート」は、「アーティストが主に作品の形式的または美的クオリティの開発に焦点を当て、オーディエンスに発表する芸術作品の制作を目的とする実践」と定義している。現在のアートスクールの教育や作品クオリティの評価、芸術支援の制度はスタジオ・アートの伝統に基づいており、このアプローチは多様な発展の系譜を持つSEAには適しておらず、独自の知識・理解の枠組みが必要だという。

もちろん、SEAを前述のようにかなり幅広く定義すると、多様なバリエーションが含まれる。このレポートが面白いのは、それらをタイプ分けするのに役立つ9つの指標(美学、アーティストの役割、アーティストの出身地/拠点、workの定義、影響の方向性、workの創始、場所、課題、継続期間)を提示していることだ(右図)。個別のプロジェクトについて、これらの指標ごとにプロットして折れ線を描いていけば、プロジェクトのタイプを総合的に理解でき、支援や評価にも役立ちそうだ。

2020.2.28(秋葉美知子)

米国におけるアーティストと地方自治体のパートナーシップ

2020年02月23日

日本では、芸術祭やアーティスト・イン・レジデンスなど地方自治体がアートを活用するプロジェクトは数多いが、文化芸術に対する公的支援が少ない米国でも、創造的プロセスを用いてコミュニティの空間や制度を再考・改善するために、近年地方自治体とアーティストのコラボレーションが増えているという。この潮流をサポートし、ポジティブで強力な成果につなげようと、ア・ブレイド・オブ・グラスとアメリカンズ・フォー・ジ・アーツ(注)の「アニメーティング・デモクラシー」プログラムの共同企画で、ウェブガイド『Municipal-Artist Partnership』がアップされた。
書物の形でまとまっているのではなく、Municipal/Artist(M/A)パートナーシップとは何か、どのように始めるか、それには何が重要か、といったコンセプトやプランニングに関する事柄から、具体的な事例紹介、さらには予算組み、資金調達、契約書のひな形などの実務的な情報、評価、関連記事や書籍まで、まさにこのテーマで編集した資料庫である。深掘りしていくと、興味深いコンテンツが見つかりそうだ。

注:全米の非営利芸術団体のネットワークとアドホカシー組織

2020.2.23(秋葉美知子)

スザンヌ・レイシー「We Are Here」に見る回顧展のつくり方

2019年12月12日

SFMOMAとYBCAは、サンフランシスコの中心街に向かい合って立地している

米国ロサンゼルスを拠点とするアーティスト、スザンヌ・レイシーの回顧展「We Are Here」が、2019年4月20日から8月4日まで、サンフランシスコ近代美術館(SFMOMA)とその向かいに立地するイエルバ・ブエナ芸術センター(YBCA)で開催された。レイシーといえば、1970年代からフェミニスト・アートを牽引し、90年代には「ニュージャンル・パブリック・アート」という用語をつくり出し、ソーシャリー・エンゲイジド・アート(SEA)のパイオニアとして、また教育者、著述家として、実践と理論の両面で40年以上にわたるキャリアを築いているアーティストだ(注1)。「We Are Here」は彼女にとって初めての大規模な回顧展だった。そのニュースを知ったとき、ようやくレイシーにも集大成の機会がやってきたのか、と思った。

この展覧会のキュレーターの一人、ドミニック・ウィルスドン(注2)が、SEAをテーマとしたマガジン「ア・ブレイド・オブ・グラス」(ABOGマガジン)の創刊号にエッセイを寄稿している。美術館におけるアーティストの回顧展は、絵画や彫刻といったオブジェクトが作品の場合は制作時代順に作品を並べ、歴史化し、その不変の価値を解説するのが標準的だが、レイシーのアートではそう簡単にはいかない。ウィルスドンはこう書いている。

「ひとつには、素材の問題がある。どんなアクション、オブジェクト、エージェントの組み合わせが1つの作品を構成するのか? また、オーサーシップの問題がある。他のアーティストを含む、非常に多くの参加者や協働者によって創作されたプロジェクトの展覧会にSuzanne Lacyという単一の名前を付けることは何を意味し、それらの参加者はどのようにこの展覧会に関与し、認知されるべきか? 歴史の問題もある。特定の時代や場所の政治状況によって駆り立てられたこれらのプロジェクトをどのように振り返り、それが意味していたことを今でも意味のある方法で体験する方法を見つけることができるのか? 美学の問題もある。こういった実践を、美術館を支配している美術史(絵画、彫刻、写真)と折り合いをつけることにどんな意味があるのか?」(注3)

そう、確かに、大半が参加型パフォーマンスとして美術館の外で行われるレイシーのアートを、SFMOMAのようなメジャーな現代美術館でどのようにプレゼンテーションするのだろうか? その答えを知りたくなり、会期中盤の7月にサンフランシスコを訪れた。

レイシーの回顧展のチャレンジとその実現まで

この回顧展の大きな特徴は、成り立ちもミッションも異なる2つの館の共同企画だということ。サンフランシスコのアートパトロンからの寄贈作品をもとに、博物館学者グレース・モーリーのリーダーシップで1935年に創設されたSFMOMAは、今や巨匠たちの作品を多数収蔵する全米有数の近現代美術館である。一方YBCAは、都心のスラム街を大規模な商業地区に再開発しようとする計画が、(追い立てられることを危惧する)住民組織の粘り強い反対運動を受けて、文化施設を含む都市公園に変更された結果、1993年にオープンした芸術センター。美術作品のコレクションは持たず、現代社会を反映する実験的なアートの企画展やパフォーマンス、映画などをプログラミングするとともに、コミュニティ参加型の活動にも力を入れている。このような背景を知れば、レイシーの回顧展をYBCAが開催するのは納得できるが、SFMOMAにとってはチャレンジだったに違いない。SFMOMAの長い歴史の中で、女性、しかもフェミニストのアーティストに、1フロア全体を割り当てるのは初めてのことだったという。

展覧会のきっかけは、サンディエゴ現代美術館でレイシーと仕事をしたことがあったYBCAのビジュアル・アート・ディレクター、ルシア・サンローマン(注4)が、SFMOMAのドミニック・ウィルスドンに、レイシーによる公開プロジェクトを一緒にしないかと持ちかけたところ、それなら彼女の回顧展を共同でやろうということになった。レイシーの代表的SEAとして知られる《オークランド・プロジェクト》がサンフランシスコに隣接するオークランドで1991年から10年間にわたって行われたことを再考する意味でも、彼女の回顧展は自分たちが企画すべきだと。

しかし、レイシーのように、伝統的な美術館での展覧会を主目的に作品制作をしているのではなく、社会的な「プロセス」に重心を置くアーティストの活動をホワイトキューブの中でプレゼンテーションするには、計画書、記録写真、記録動画、関連資料などの展示・上映が中心にならざるを得ない。それは、アート作品としての展示にふさわしいクオリティに欠け(特にデジタル技術が進む以前のものは)、どうしてもドキュメント的になってしまう。レイシーは、2017年2月に東京の森美術館で行われた国際シンポジウム「現代美術館は、新しい『学び』の場となり得るか?」の基調講演で、「ソーシャル・プラクティス・アーティストと美術館」をテーマに、自身の経験を事例に重要な問題提起をしていた。

SFMOMAの展示会場。フェミニスト・アートの代表作《5月の3週間》と《追悼と怒りと》が見える

「美術館が他の場所で発生したプロジェクトを見せるとき、さまざまな問題が出てきます。ひとつは、そのアートワークが最初の場所でもたらした感情的、政治的インパクトを美術館でどのように再現できるか、あるいはそもそも再現は可能なのか。もうひとつは、その実践における社会的、交渉的側面がどのように示されるかです」(注5)

SFMOMAでフィーチャーされた2つのプロジェクト

キュレーターたちはその問題に最も悩んだことだろう。両館の展示構成はかなり異なっていた。というか、はっきりと役割分担がされていた。SFMOMAは、レイシーの活動初期からの、フェミニズムに基づいた、女性の経験とエンパワメントに関連するプロジェクトのドキュメント写真やビデオなどをカテゴライズして展示するとともに、最近の2作品が大きくフィーチャーされていた。エクアドルのキトでの《自らの手で De Tu Puño y Letra》と、英国ランカシャー地方での《サークルとスクエア The Circle and the square》である。なぜ、最近の「作品」と書いたかというと、これらはプロジェクトの記録ではなく、美術館でのインスタレーションを意図して制作されたものだからだ。

《自らの手で De Tu Puño y Letra 》より、男性による女性の手紙の朗読映像

《自らの手で》(2015)は、エクアドルの女性たちが自らの暴力被害体験を綴った手紙を、さまざまな年代・職業の男性300人が、闘牛場のリンクで読み上げる壮大な演劇的パフォーマンスだった。レイシーは、このパフォーマンスのドキュメンタリー映像は、本来的に記録のためのものだから、美術館の環境の中で強いインパクトをもたらすことはないと考え、「このプロジェクトを美術館でのインスタレーションに置き換えるために」エクアドルに戻って、女性たちが書いた手紙から構成した台本を男性が読む映像を撮影し直し、美術館のフロアに置いた大きな5面のモニターに映し出すインスタレーションに再構成した(注6)。

レイシーはさらに進んで、《サークルとスクエア》(2017)では、これを「美術館での展示を最初から意図したコミュニティ・プロジェクトとして立ち上げた」(注7)。SFMOMAの会場に入ると、真っ先にこのプロジェクトを象徴する「スーフィー・チャンティンング」の詠唱パフォーマンスが大画面に、かなりの音量を伴って映し出されている。その隣のスペースには、かつての紡績工場労働者へのインタビュー映像が、10台ほどの等身大のスタンドモニターで放映されており、鑑賞者はヘッドホンで声を聴く。

《サークルとスクエア》の詠唱パフォーマンス

《サークルとスクエア》のインタビュー映像

このインタビュー映像を含め、展覧会場にヘッドホンはいったい何台設置されていただろうか。画像や文字だけでは伝えきれない「プロジェクトの感情的な側面、肉体化された側面についてコミュニケートする」(注8)ためには音声は重要だ。インタビュー、モノローグ、カンバセーション、メディア放映の音声…しかし、鑑賞者に十分な時間と忍耐がないと、全てのヘッドホンを耳に当てることは難しい。

YBCAでの実験的試み

FSMOMAの構成は、見る展示というより聴く展示だったにしても、従来型の回顧展の方法論を大きくはずれるものではなかったが、YBCAは、スペースの制約もあってか、《オークランド・プロジェクト》をコアに、「若者」というテーマに絞った構成だった。

YBCAでの《オークランド・プロジェクト Oakland Projects》展示風景

《オークランド・プロジェクト》より「Roof Is on Fire」

1990年代のオークランドでは、ティーンエイジャーは、その暴行や警察官との衝突によってメディアからネガティブに描写され、危険な存在としてステレオタイプ化されていた。その状況を覆そうと、レイシーは、教師、アーティスト、メディア制作者らの協力のもと、大勢の若者たちとともに、ワークショップ、講座、政策提言などに取り組み、公開の場でのパフォーマンスやインスタレーションに結実させた。その総称が《オークランド・プロジェクト》である。なかでも、高校生220人がビルの屋上駐車場にとめた100台のクルマのシートに座り、暴力、セックス、ジェンダー、人種、家族について真剣に語り合うのを、1,000人近い観衆が静かに聞いて回る「ルーフ・イズ・オン・ファイア」は象徴的なメディア・スペクタクルとして広く報道された。YBCAの会場では、活動のドキュメント映像を再編集した作品や、当時の参加者に対する新しいインタビューが、床に置いたり、天井から吊ったスクリーンに映し出され、臨場感を醸し出す演出がなされていた。

「We Are Here」が従来型の回顧展と異なっていたのは、YBCAで《オークランド・プロジェクト》を取り上げるにあたって、レイシーによる過去の実践を見せるだけでなく、ベイエリアの若手のクリエイターや活動家団体にオリジナルの表現機会を与えるという挑戦的な試みが加えられたことである。YBCAのコミュニティ・オーガナイジング・マネージャーとしてレイシーのプロジェクトに参加したクリスタ・セザリオさん(注9)はこう語る。

「回顧展のキュレーションは少し実験的でした。《オークランド・プロジェクト》の参加型の性質を考えると、プレゼンテーションでは“著作者(オーサーシップ)”の分散を可能にする方法を見出すことが重要だと考えました。 私たちは、今日の若者に影響を与えている緊急の問題を反映した新しい作品をつくるために、若いアーティストや活動家集団、現在若者と協働しているベイエリアのアーティストたちを招き入れることにしたのです。そして、誰がどのように物語を語り、それをどのように伝えるのかを、若者自身のコントロールに任せました。それそこ《オークランド・プロジェクト》が目指していたことですから。この試みは、若者たちが差し迫った問題を探求し、それに対処する創造的な方法を理解する場をつくると同時に、彼ら自身とコミュニティのエンパワメントのために、アートと創造性がツールなることを知る機会にもなったと思います」

レイシーは、過去の作品をプレゼンテーションするとき、再制作、再検討、改訂ではなく「再考する」という言葉を使うのを好むそうだが、YBCAでの《オークランド・プロジェクト》も再考の結果なのだろう。

「We Are Here」の意味するところ

YR メディア、ユース・スピークス、メディアジャスティスといったベイエリアのクリエイター、アクティビスト集団が、インスタレーションやグラフィックス、ビデオ作品を発表し、イベントに出演。マーティン・ルーサー・キングJr.中学校の6年生が、詩人の指導で自分の力やプライドを表現するアクロスティック・ポエム(各行の先頭または末尾の文字をつなげると、ある語句になるという言葉遊び)を作る。地域の若者が美術館でプレゼンテーションの機会を得たこの経験は、彼らに大きな自信を与えたようだ。YRメディアの音楽プロデューサー、ジェシカ・ブラウンはこう振り返る。「YBCAとのコラボは、私にとってファースト・ビッグ・ブレイク(初めての大きなチャンス)だった。19歳が美術館にフィーチャーされるなんて」(注10)。

左から、YR Mediaによるインスタレーション、MediaJusticeによるインスタレーション、6年生がつくったアクロスティック・ポエム

20年以上前にレイシーたちが《オークランド・プロジェクト》で取り組んでいた、若者たちの抱える問題は今でもなくなってはいない。レイシーのドキュメントを見る今の若者は、「私たちはそこにはいなかった」けれど「私たちは今ここにいて同じ問題を考えている」。それが展覧会タイトル「We Are Here」が意味するところなのだろう。

このプロジェクトで、コラボレートする若者の組織を選び、展覧会のビジュアル・アート・チームのとのつなぎ役を務めたセザリオさんは、もともと美術畑の出身ではない。人類学者としてメキシコのマヤ社会の研究をしていたが、レイシーとともにオークランドで新しいプロジェクトに取り組む人材をYBCAが探していると知り、応募したという。人類学でのコミュニティ・ワークの経験がソーシャル・プラクティスにも役立つだろうと。大学で教鞭を執っていた彼女にとって、アート・プロジェクトに参加するのは初めてのことだった。「トラディショナルな回顧展でなくてよかった」と彼女は語る。

SFMOMAの会場内では、ネットワークの概念図を描いた壁の前にソファを配置

もうひとつ、セザリオさんがトラディショナルではない回顧展だったと言う点は、スペース的な配慮である。SFMOMAの会場は、ネットワークの概念図を描いた壁の前にソファを配置し、ゆっくり座って時間を過ごせるようになっていた。現代美術の展覧会ではまず見られないセッティングだ。

「SFMOMAの展示では、女性に対する暴力や、疎外された女性(高齢女性、有色人種の女性)の経験に取り組むレイシーのアートが数多く紹介されました。その作品はとても力強く、多くの観客、特に自分自身や愛する人が暴力を受けたかもしれない人々は、深い感情的な反応を示していました。展覧会場には、鑑賞者が座って感情を抑えられる静かなスペースを含めるべきだと、多くの人が気づいたでしょう。SFMOMAのような大規模でコンサバティブな美術館では、これほど感情に訴えかける展示はめったに行われませんが、美術館にとって、アート作品そのものを超えて、鑑賞者がどのようなスペースやリソースを必要としているかを考えることは、ますます重要になっています」

展覧会カタログ

いくつかの実験的取り組みがなされていた回顧展だが、部厚い展覧会カタログ『We Are Here』はトラディショナルな出版物と言っていいだろう。テーマ別の編集で作品/プロジェクトが解説され、(今で言うSEA)アーティストとしてのレイシーの主張と方法論をしっかりとたどることができる(もちろん、若いクリエイターたちの作品は収録されていない)。表紙のビジュアルは、最近のプロジェクト《サークルとスクエア》から。椅子に座って歌う人々、真ん中に立つリーダー、カメラクルー、モニターの映像…レイシーのメソッドを象徴する構図で素晴らしい。過去の業績ではなく今の私の方法論を知って欲しい、というレイシーのメッセージだろうか。個人的には、赤・黄・黒の幾何学パターンが目に焼き付く《クリスタル・キルト》の写真を使ってほしかったのだけれど。

 

 

 

 

 

(注1)スザンヌ・レイシーSuzanne LacyがSEAの誕生に果たした業績は、『ソーシャリー・エンゲイジド・アートの系譜・理論・実践』(アート&ソサイエティ研究センターSEA研究会編、フィルムアート社)に収録されたエッセイ「社会的協同というアート―アメリカにおけるフレームワーク」(トム・フィンケルパール)、「ソーシャル・プラクティスへの大きなうねり―1970年代の米国におけるフェミニスト・アート」(カリィ・コンテ)を参照されたい。
(注2)Dominic Willsdonは、サンフランシスコ近代美術館のエデュケーション&パブリック・プラクティス部門のキュレーター(原稿執筆時)。現在は、ヴァージニア・コモンウェルス大学のコンテンポラリー・アート・インスティテュートでエグゼクティブ・ディレクターを務めている。
(注3)『ABOGマガジン』創刊号 p.28
https://www.art-society.com/researchcenter/wp-content/uploads/2019/06/ABOG_Japanese-version-issue-1.pdf
(注4)Lucia Sanrománは現在、メキシコシティのLaboratorio Arte Alameda館長
(注5)『MAM Documents 003 現代美術館は新しい「学び』の場となり得るか?』(森美術館刊)p.41
(注6)前掲書p.51
(注7)前掲書p.52
(注8)前掲書p.52
(注9) Christa Cesarioは「We Are Here」終了後YBCAを退職し、現在フリーランスでアート関連の活動をしている。
(注10)YRメディアのウェブサイトより。

2019.12.12(文・写真 秋葉美知子)